星座で801ログ保管庫出張所

超能力SS 19

 俺はたぶん、死んじまったんだとは思う。
 一時的にはほんと、すごく苦しくなって、そのあと気持ちよくなって、そのあと、何もわからなくなったからだ。
 けど今は違う。すごく苦しいし、頭が痛ぇし、クラクラして吐きそうで、気持ちよくなんてねえ。まったく。
 なんとか立ち上がろうとしたが、手に力が入らなかった。
 がんばって身を起こしたら、胸が重くて、体が揺れた。
 いや、比喩じゃねえ。本当に胸が重い。
 立ち上がってみると尻も重い。内股に力が入らなくて歩きにくい。
 俺は自分の体を見下ろし……、絶句した。
 そうか。これは夢だ。俺もくだらねえ夢を見るもんだな。
 早く覚めたくて自分を殴ってたら、目の前に射手と魚があらわれた。
 射手は俺を見て、咳払いした。
「つかぬことをお聞きしますが、牡羊ですか」
 俺は悲鳴をあげた。カン高い声で。その事実がさらに俺を混乱させた。
「お、俺なのか? 俺は本当に俺なのか?」
「あっ、やっぱり牡羊だ。かわいくなったなー」
「なんの攻撃だよこりゃ。性転換攻撃? そんな能力者がいんのか!」
「いやさすがに、その攻撃名は無理がある。俺もよくわかんねえけど、メシの前に、牡羊が家に帰ってきてさ。でもぜんぜん牡羊っぽくないんだ。そしたらやっぱり牡羊じゃなかったみたいだ。だから牡羊を迎えに来た」
 さっぱりわからねえ。
 魚が子供の目で俺を見ている。
「おひずちー。いたいいたいでしゅ。ないないしましょー」
 誰だよおひずちって。俺はあわてて首を横に振った。
「いらねえ! 痛い状態だが、実際に体も痛ぇが、そういう問題じゃねえよ!」
 射手がさぐるように俺を見ている。
「疲労とか無いの?」
「あるけどいいよ。魚が赤ん坊になっちまう。俺はなんとか大丈夫だから」
 気分は最悪だし、ノドがすごく痛いけど、死にやしねーだろ。
 射手は納得したように「そこだな」と言った。
「どこだ?」
「いやな、あっちの牡羊が、魚のお子様化をぜんぜん気づかってなかったんだ。平気で能力を使わせようとしてた。ありゃおかしいと思った」
「あっちの牡羊?」
「獅子もなんか、牡羊を邪魔してるっぽかったぜ。さては気づいてたなあいつ。だから蠍の催眠が解けたんだ」
「ん? 俺がそばに居る限り、獅子に制限は……」
「牡羊が牡羊じゃないって気づいたんだよ獅子は。だから痛くなってしまって、魚を使った」
 少しづつ話が読めてきた。
「俺のニセモノが居るんだな?」
「遺伝子的には本物だろ。けど魂が川田なんだ」
「オーケイ。俺の体を奪ったニセモノが居ると。ってことは、この女が川田だったのか。俺は偶然、川田をやっつけてたんだ」
「いやそれが、なんか川田はいねえって話にもなってて。言い出したのは山羊だけど、あいつも何か気づいてるな。蟹も牡羊を読んでたし。ひょっとして全員、わかってんのかもな」
 駄目だ。射手の説明じゃ駄目だ。こいつ馬鹿のくせに頭がいいから、話が結論だけで出来ていやがる。
 話の順番は、ネタフリと過程と結論だろ。前のふたつを説明してくれるやつに会わねえと。
「帰るぞ射手。ああ歩くよ。すぐそこなんだから」
 しかし射手は俺に手を差し出してきた。こいつ女には優しくする主義らしい。
 俺は怒った。
「いらねーって。俺は俺なんだぞ」
「いや、手ぇ貸して。ついでに肩も。片足が麻痺った」
 魚は……使わないほうが良いか。赤ちゃん寸前だしな。
 今は俺よりずっとデカい射手に肩貸して帰った。川田っぽいやつと対決するために。

 ※※※

 私は困惑している。本当に分からない。なぜ、ばれてしまったのか。
 悩める私へ、山羊が言う。
「俺は最初からおかしいと思っていた。俺はあのとき、大丈夫なのかと聞いたんだ。女は死んでいないが大丈夫なのかと。牡羊に甘いところがあるのは知っていたから、躊躇してしまったんだと思った。しかし牡羊の返事はこうだ。『問題ない』それは女を生かしておけという意味かと思い、もういちど言った。すべての敵をほろぼすべきだと。すると牡羊は女ではなく、周りの敵を一掃し始めた。牡羊らしくない攻撃の方法で」
 獅子が口をはさむ。
「あれは牡羊らしくなかった。それに、折角の蠍の催眠が無意味になるような攻撃だった。あのあたりから、俺は違和感があった」
 しかしそれだけでは、確信にはならないと思うのだが。
 山羊がふたたび説明を続ける。
「そこで会議の最中、またカマをかけてみた。牡羊は能力者の女を殺したと言ってみた。牡羊は無反応だった。疑いがさらに深まった」
 次に口を挟んできたのは、蟹だった
「私は会議の途中で、自分の方言の口調がイヤになってきてね。蠍の作ってくれたスイッチを使って、自分の人格を取り戻したのだ。そうすると、途端に牡羊が心配になった。牡羊は、女の子を死なせて平気で居られる子ではない。やせ我慢してるのかと思って、こっそりと心を読ませてもらった。短い時間だが。そして私のいまのこの口調は、彼が牡羊でないことの証明になると思う」
 これは痛いな。能力者だけが放てる、決定的な証拠だ。
 乙女は首をかしげていた。
「俺は蠍に耳打ちされたんだ。みなの様子がおかしい、特に牡羊がおかしいと。俺には分からなかったが、制限を治してもらって頭はすっきりしていたので、まず今考えうる限り、いちばん間違った可能性を提示してみたんだ。隔絶空間の能力者が川田ではないかと。なぜなら川田は能力者ではないはずなのに、顔は知らんが実在する能力者を川田として提示したのだからな。見え見えだ。みな気づいていたと思うが」
 やはり焦りはろくな結果を呼ばない。私は苦笑するしかなかった。
 天秤が手をあげた。
「気づいてたよ。射手のほうはわからないけど。とりあえず話に乗ってみた。役に立ったかな?」
 牡牛も手を上げた。
「俺も、乙女の罠には気づいたんだが、意味がわからなかった。けど要するに、牡羊をイラつかせたいんだなと思ったんで、余計なことをしてみた」
 それでカラスを呼んだのか。私を焦らして、空間解除の方法を喋らせるために。
 あのときは続いて、獅子が孔雀へ問いを投げかけていたが、あれも私への揺さぶりか。
 カラスは首をかしげていた。
「話が見えない。誰かが牡羊に変装してるの?」
 孔雀が私を指さした。
「そうか。貴様が川田なんだな!」
 かつて川田でもあったもの、というべきかな。
 私は水瓶と双子を見た。
「きみたちは? 時間をあやつる者たちは、私をどうやって見抜いていたのかな」
 こうなれば演じる必要は無いだろう。
 双子は腕組みして、瞳を天井に向けていた。
「いや、俺は牡羊には、ぜったい何かあるはずだと思ってたんで、ずっと注意してただけだよ。死ななかったことによる何かが来るはずだから。ちょっとの変化にも気をつけてた。今までずっと、な」
 水瓶は私にむかって、わずかに頭を下げた。
「久しぶりだね、川田」
 私は頷きかえした。
 水瓶は私から目を反らさぬまま、淡々とした口調で言った。
「僕はあの日、魚に聞いた言葉を今でも覚えている。『未来の恋人を死なせたくないなら、現在から行動しろ』」
 歴史どおりに、魚に私を裏切らせるための言葉らしい。未来の私が、過去の魚に伝えたのだ。
 水瓶は目を下方に向け、思い出しつつ語っている。
「僕の調べた最初の歴史と、双子の見た二番目の歴史で、我々の家族は全滅しているわけだ。おかしいじゃないか。魚が片思いをしているのは知っているが、恋人と呼ばれる存在はまだ現れていない。そのまえに我々は全滅してしまう。では未来の僕が魚に伝えたと言う、「未来の恋人」とは誰なんだ?」
 たしかに、矛盾が生じている。私のまだしていない、未来の私のミスだ。
 未来の私が、魚にあわせて甘い言葉を使ったのが、裏目に出たということか。
「やはり穴だらけだな。歪んでしまった歴史は醜い」
 おもわず言うと、水瓶は視線をするどくした。
「きみの目的はなんだ。能力者の統一とか、支配とか、宗教とか、優勢思想とか、そういった言葉はもう信じない。きみはいったい何者なんだ」
 それは私が知りたいくらいなのだが。
 まあ、いいだろう。ここまで来て、なにを隠しても意味が無い。
「私の目的は、正しいかたちへの歴史の修正。私の正体は……、もうずいぶん昔のことで記憶もあやふやだが、いちばんはじめは蛇遣いと呼ばれていた」
 遠い遠い昔のことだ。
 いちばん最初、なんの理由で死んだのか、それさえも私は忘れてしまった。顔も年も性別も忘れた。
「ある日、私は死に、そのとき私は、私の死にいちばん関わった人間と入れ替わった。そのとき私のもとに、水瓶の肉体を持った私があらわれた。彼は未来から来たと言い、私に歴史を教えてくれた。細かく、丁寧に。なので私は以降、その歴史の通りに生きてきただけだ。生きるべき人間に生を与え、死すべき人間に死を与え、味方になるべき人間を味方にし、裏切るべき人間を裏切らせた。水瓶、天秤、双子。きみたちは自分の意思で私を裏切ったと思っていたようだが、それは私に言わせれば歴史の必然だ。獅子、きみは自分の意思で私と対立したと思っているようだが、それも必然だ。すべて必然。私の仲間がきみたちを襲うのも必然。失敗を繰り返すのも必然」
「牡羊は?」と水瓶が問うてくる。「彼はなんだ」
「彼は本来の歴史では、私の放った光線使いに殺されている運命だった」
「そうじゃない。それ以前のことだ。すべての物事に牡羊が絡む。なぜだ?」
「……そんな歴史は無かったが。しかしすべては同じ結果に帰着している。私の放った刺客を、きみの仲間が倒すという」
「ではやはり牡羊は、本来居るべきでない場所に居て、遭遇するべきでない出来事に遭遇しているわけだな」
「しかし結果は同じ」
「違う」と水瓶は言い切った。「まったく違うんだ川田。いや蛇遣い」
 そのとき、私の背後で大きな物音がした。
 振り返ると、玄関ドアが破れていた。無理な重みを受けて、はじけ割れたように。
 そしてその破れたドアの前に、過去の私と、射手と魚が立っていた。
 過去の私が叫んだ。
「テメー! よくもおれの体を!」
 そういえば、山羊の説明によると、私の体は生きていたのだったか。
 とすると、仮死に陥ったあと復活したのか。それで、その体に、死すべき魂が入り込んだのか。
 可能性としては有り得ると思っていたが、試したことは無かった。そうそう仮死などという状態は、都合よく作り出せるものではない。
 牡羊という少年の詰めの甘さが、彼に幸運を運んだというわけだ。初めてのパターンでもある。興味深い。
 過去の私の姿をした牡羊は、それはそれは怒っていた。足を広げ、眉を吊り上げ、顔を真っ赤にして、小さなこぶしを握り締めている。その様子は、非常に愛らしい。
 私は、笑った。
「よく似合っているよ。私よりもうまく使いこなせるのではないかな。その体を」
 射手が吹き出していた。
「そっちは似合ってねー! おまえ何なんだその言葉使いは」
 少年の体だからな。口調の演技をはやく覚えなければ。
 いや、もうそれは必要ないのか。
 私は水瓶を挑発した。
「私を殺せるならば殺してほしいものだ。自死や老衰も試してはみたのだよ。だがやはり、その死に近い人間に意識が移動しただけでね。他人から見れば、私を自殺に追い込んだと思える人物や、私を意図して老いぼれさせたと判断できる人物などに」
 この呪いが私の能力であると同時に、制限。
 魚が首をかしげて言う。
「いたいの?」
 なにを言っているのだろう。
 牡羊が足を踏み鳴らしつつ、「そういう問題じゃねえ!」と言った。
「そういう問題じゃねえだろ! テメーはただの泥棒じゃねえか! 人にさんざん迷惑かけて、あげくのはてに、人を丸ごと盗みやがって。死ねないからなんだ。死ななきゃ何やってもいいのか。痛いからなんだ。痛きゃ耐えろよ男なんだから。いや女か? どうでもいいが、とにかくテメーは、ただの迷惑野郎だ!」
 言いながら彼または彼女は、私につかみかかってきた。
 小柄になったぶん素早さが増したらしく、誰が止める暇も無かったのだ。私はあっという間に、牡羊に馬乗りになられていた。
 牡羊は細い手で私の首を絞めている。その手の力はたやすく振り払えるものだが、無意識に発動しているらしい能力が厄介だ。
 肋骨が折れる音がした。重量を増していく牡羊の体。
 我に返ったらしい周りが、牡羊を引き剥がしにかかるが、重さが邪魔をしているらしい。
 私は牡羊の手を取りつつ、言った。
「きみの体を傷つけてしまって、良いのか?」
 牡羊がひるんだ。途端に彼または彼女は軽くなり、私のからだから苦痛が抜けた。
 私は胸を押さえつつ、ついでとして教えてやった。
「私を絞め殺すのは勝手だが、そうすれば、私はまたそちらの体を取り戻すだけのことだ。きみは今度こそ死んでしまうぞ」
 すると牡羊は、奇妙な表情をした。
 驚きの様子を消し、じっと私を見つめたのだ。悲しむような、哀れむような目で。
 その目を伏せ、なにかを決意したように頷くと、言った。
「おまえ、死にたいんだな?」
 瞬間、なにを言われたのか分からなかった。
 しかしその次には、私は好奇心に支配されていた。
 私は答えた。
「そんなことが可能ならば」
 牡羊は頷くと、牡牛に言った。
「なあ。おまえの銃貸してくれ」
 牡牛はもの問いたげだったが、黙って手を上げ、取り寄せた銃を牡羊に差し出していた。
 牡羊は銃の装填を確認すると、射手に言った。
「俺とこいつを、俺の部屋に連れて行ってくれ。あと、みんなは部屋に入って来るな」
 足を痛めているらしい射手は、我々の近くに這い寄ってくると、牡羊と私に触れた。
 その瞬間、我々は、個人の私室に移動していた。
 射手が言う。
「なにやる気だよ? こいつは殺しても死なないぞ」
「知ってる」
「撃ち殺しても死なないどころか、おまえが死ぬんだぜ」
「わかってる。心配すんな。下で待っててくれ」
「……大丈夫か、牡羊」
「10分くらいは何が起きても来るな。みんなにもそう言っといてくれ」
 牡羊の笑顔を不安げな表情で見返したあと、射手は姿を消した。
 我々は部屋にふたりきりになった。
 牡羊は素早く動いた。ベッドに近寄り、シーツをはぐ。
 シーツを細長く切り裂きはじめたのを見て、私は予想を立てた。
「私を吊る気かね?」
 自死では死なないと伝えたはずだが。肉体を失った魂は、身近な人間の体に取りつくだけだ。
 牡羊は黙って、こしらえたロープの先を輪にすると、私の首にかけた。
 そして引きずってきた椅子の上に立つと、天井を見上げつつ、ロープの先を梁にかけようとする。
 つま先立ちつつ、牡羊は言った。
「手がとどかねえ。手伝えよ」
 私はロープの先に念を飛ばしてみたが、うまくいかなかった。ロープの先はねじれつつ飛び回り、床に落ちた。
 牡羊は悪態をつき、本棚の本を取り出すと、ロープの先にくくりつけた。天井に投げて梁をくぐらせる。
 そして牡羊は私を見た。
「椅子の上に立ってくれ」
 この肉体を失ったあとの行動について、私は思いを巡らせていた。
 ふたたび取り戻した、自重を増やす能力を利用して、窓に体当たりして破るか。そして逃走できるだろうか。
 牡羊は私を椅子の上に立たせたあと、奇妙な行動を取った。
 カバンを取り出し、本棚の本を詰め込みはじめたのだ。
 たっぷりと本の入った鞄を背負うと、ロープの端をぴんと張らせた状態で、自分の腰にむすびつけた。
 そして私を見上げた。
「覚悟はいいな?」
 私は頷かなかった。彼の意図を悟ったので。
 牡羊は力を込めて、私の足元の椅子を蹴り倒した。
 私の足は宙に浮いた。
 と同時に牡羊は、私の視界で、手に持った銃を持ち上げていた。
 牡羊はその銃口を、自分のこめかみに突きつけると、撃った。