星座で801ログ保管庫出張所

超能力SS 17

 ……複雑な過程を経て私はここに居る。
 目の前に、かつて私だったものの体がある。地に倒れて、死んでいる。
 その隣りでぼんやりとしている男は、サイコメトラーのようだ。名前はまだわからない。
 こうやって意識を混濁させてしまうことが、このサイコメトラーの制限らしい。
 いまなら殺すのは簡単だが。もうすこし利用できるだろうか。
 やがてサイコメトラーは意識を取り戻すと、そばに倒れている、かつて私だったものの手首を取り上げ、握った。
 それから私を見て、言った。
「大丈夫か、牡羊」
 それが今の私の名前らしい。私は、頷いた。
「問題……ない」
 この子の口調はどうだったか? もう少し乱暴な、少年らしい口の訊き方だったような。
「問題ねえよ。うまくいった」
「そうだろうか。思うに川田という男は、ほとんどの人間に正体を隠しているんじゃないか? 仲間とも間接的にしかやり取りをせず、自分の情報を与えないようにしている気がする」
 なかなか鋭い。私は微笑んだ。
「サイコメトリーへの対策かもしれないな」
「催眠や読心への防衛にもなる。だとしたら川田という男、頭が良い」
 水瓶の一味にヒプノシストが居るのは知っていたが。テレパシストまで居るのか。厄介だ。
 サイコメトラーは辺りを見回し、私に言った。
「そうだとすると、誰かを捕まえて、なにをどれだけ読んだところで、得られる情報は無いな。だから、すべて倒してしまった方が良い」
 それは私に戦えということだろう。
 この少年はおそらく好戦的な性格だ。私の仲間を容赦なく炎に投げ込み、女であったさっきの私を、理屈でやり込めてくびり殺した。
 戦えと言われれば、素直に戦うはずだ。
 サイコキネシスだったな。私は目前の風景に、精一杯の力を放った。
 コントロールに慣れていないことを誤魔化すためには、できるだけの力で暴れてしまった方が良いという判断だ。
 目に映るすべてのものが浮き上がった。人を、物も、すべてを大きく浮き上がらせ、それらすべてを地に叩きつけた。
 地響きがする。ぐしゃぐしゃと、人体のつぶれる音。飛び散った内臓物が大地を赤く染める。
 丈夫な肉体を持つものはまだ生きている。私に飛び掛ってきたが、途中で燃え上がった。
 パイロキネシストが私を見ている。かつて私の仲間たちと対立していた男だ。獅子といったか。
 近づいてきて、こう言った。
「らしくもなく、容赦ないやり方だ」
 ……判断を間違えたようだ。私は答えようとして、めまいを感じた。
 急にからだが重くなった。足から力が抜けた。腰からも。体ぜんぶから力が抜けて、私はその場に倒れた。
 ああ、これがこのサイコキネシストの制限か。筋力を消失してしまうらしい。
 獅子に寄り添っていた男が、私を気づかっている。
「しんどそうやな。大丈夫か?」
 なぜかサイコメトラーが呆れていた。
「蟹。なんだその口調は」
「最後の敵さんの方言や。移ってしもうた」
 人格をシンクロさせる能力か? いや、制限だろう。能力は別のものだ。
 隔絶空間はまだ生きている。こうなった以上は、隔絶能力者にも早く死んでもらわなければ困る。
 どこに隠れたのか。疲労でもつれる舌を、私は頑張って動かした。
「……おそらく最後の敵は、この隔絶空間の中に、もうひとつの隔絶空間をこしらえているんだ。……だから、普通の方法では、探し出せない……」
 私がこれを言って、違和感を覚えられないだろうか?
 しかし蟹と呼ばれた男が、「さすがに冷静やなあ」と納得していた。
 獅子のほうは、いらついていた。
「そこから引きずり出す方法は無いのか。その能力者を」
 能力者の制限を利用すれば簡単だが、私がそれを言うわけにもいかない。
 だからかわりに、こう告げた。
「水瓶に、聞けば、良いんじゃないかな」
 彼らはすでに歴史を知っている。ということは、彼らに歴史を教えたのは水瓶だ。
 ならばこの隔絶空間についての説明も、水瓶から聞いたのだろう。
 実際、彼らは納得している。獅子が炎を消し始めた。
 そのあと私は彼らの味方として、正面から堂々と、彼らの隠れ家に入ることができた。
 変わったつくりの家だ。入ってすぐに円形のロビーがある。吹き抜けになっているので、二階部分の廊下やドアも丸見えだ。
 大きなテーブルに沢山の椅子。そこに座っているものの様子は、疲労しきっていた。
 眼鏡をかけた男が、肩を抱いて震えている。その背中を撫でさすっているのは、双子。我々の裏切り者。
 双子は我々を見て、困ったように微笑んだ。
「蠍がリセット中なもんで、乙女を戻せねえんだよ。ちなみに蠍の相手してるのは天秤だ」
 天秤も、懐かしい名前だ。私は聞いた名前を次々と脳に刻んでいった。
 双子の対面には二人の男が座っていて、向かいあってトランプをしている。
 二人とも知っている。一人は魚だ。これも我々の裏切り者であると同時に、水瓶の親友だ。
 もうひとりは射手。私の仲間の勧誘から逃げ回り、ついにはこの水瓶の一味と出会い、仲間に加わってしまった男。
 その射手が、魚の手札からトランプを抜き取り、内容を見ると、叫んだ。
「うっわあ! またババだ!」
 魚が、はしゃぐ。実に無邪気に。
「あははは、ぼくの勝ちー。射手よわいー」
「もう一回! な? もう一回やろうぜ魚」
「もうあきちゃったよ」
「そう言わずに、お願いします魚サマ」
「しようがないなあ。射手がどうしてもっていうなら、ぼく相手してあげてもいいよ」
 制限発動中の魚の、相手をしてやっているのか。
 サイコメトラーが双子に聞いた。
「残りはどうしてる?」
「牡牛は台所でメシ作ってるよ。水瓶が手伝ってる。それ以外なら、孔雀とカラスはぐっすり寝てる。山羊、イタズラするなら今だぜ」
 牡牛が彼らに捕まったのは知っていたが。そのまま仲間になっていたのか。
 ということは、私が牡牛の両親を殺してやったので、彼らの同情を得ることができたのだろうな。
 あと孔雀とは何者だったか。カラスなら知っているが、捕まっていたのか?
 なにもかもが、本来の歴史とは大違いだ。
 蟹が手伝おうとかなんとか言いながら、台所のあるらしい方向に歩いていった。
 私もあとに続こうと思ったのだが、獅子に腕をつかまれた。
 顔を見上げると、獅子は「離れるな」と言った。
 双子が同情深げに獅子を見ている。
「事情は知ってるよ、乙女が見てたから。大丈夫か? おまえの制限、たぶん催眠が解けると同時に、いっきに来るぜ」
「蠍に素早く眠らせてもらうしかないな」
 なるほど乙女は遠視能力者か。そしてヒプノシスとは蠍。
 蟹は消去法でテレパシストだろう。サイコメトラーの名前は山羊。これで大体の名前と能力は把握した。
 まもなく台所から牡牛が出てきた。手に鍋を持って。
「カレーだけど。食べながら会議だって水瓶が」
 続いて蟹が、食器類を持って出てきた。
 そして最後に水瓶が。私の目的の男が、水差しを持って出てきた。
 水瓶は双子に言った。
「蠍と天秤を呼んできてくれ」
 双子はなぜか嫌がっている。
「あっさり言うなあ。気まずくないかそれ。最中だったらどうするんだよ」
「そうか? じゃあ僕が行こう」
「いやおまえでも同じだろ。牡羊も行くなよ? 蠍はあれで繊細なんだからよ」
 なぜだろう。まあ私はこうして思考するのも億劫なくらい疲労しているので、動かさずに居てくれるのは有り難いが。
 双子は周辺の人間の顔を見回して、適切な人材を考えているようだった。
「……乙女は今は無理。蟹もなんか性格変わってるから無理。なんてこった。いけそうなやつがまとめて駄目じゃねえか」
 射手がぽつりと「魚だろ」と言った。
 双子が呆れている。
「あほかおまえ。犯罪じゃねえか。いまの魚じゃ」
「だからいいんだ。いまの魚だから」
「なるほど。逆転の発想か」
「なあ魚サマ。蠍兄ちゃんがいま、天秤と仲良く遊んでるんだけど、ごはんだから降りてきなさいって、言ってきてくれませんか」
 魚は首をかしげて尋ねた。
「それって、おてつだい?」
「そうそう」
「はあい」
 魚は駆けていく。牡牛が私に言った。
「疲れてるんだろう。はやく座れ」
 座る椅子がわからないな。どうすればいい。
「おれも、……て、手伝うよ」
「喋るのもままならない状態でなにを言ってるんだ。座れ」
 言いながら牡牛はひとつの椅子を引いた。あそこか。
 私は着席して、彼らの会議とやらを聞いてみることにした。
 まもなく疲れきった様子の天秤が、魚と、蠍らしいもう一人と降りてきた。
 それぞれが席に着席すると、水瓶は口を開いた。
「そろそろ、いちばん最初の、本来の歴史を語っておこうと思うんだ」