……複雑な過程を経て私はここに居る。
目の前に、かつて私だったものの体がある。地に倒れて、死んでいる。
その隣りでぼんやりとしている男は、サイコメトラーのようだ。名前はまだわからない。
こうやって意識を混濁させてしまうことが、このサイコメトラーの制限らしい。
いまなら殺すのは簡単だが。もうすこし利用できるだろうか。
やがてサイコメトラーは意識を取り戻すと、そばに倒れている、かつて私だったものの手首を取り上げ、握った。
それから私を見て、言った。
「大丈夫か、牡羊」
それが今の私の名前らしい。私は、頷いた。
「問題……ない」
この子の口調はどうだったか? もう少し乱暴な、少年らしい口の訊き方だったような。
「問題ねえよ。うまくいった」
「そうだろうか。思うに川田という男は、ほとんどの人間に正体を隠しているんじゃないか? 仲間とも間接的にしかやり取りをせず、自分の情報を与えないようにしている気がする」
なかなか鋭い。私は微笑んだ。
「サイコメトリーへの対策かもしれないな」
「催眠や読心への防衛にもなる。だとしたら川田という男、頭が良い」
水瓶の一味にヒプノシストが居るのは知っていたが。テレパシストまで居るのか。厄介だ。
サイコメトラーは辺りを見回し、私に言った。
「そうだとすると、誰かを捕まえて、なにをどれだけ読んだところで、得られる情報は無いな。だから、すべて倒してしまった方が良い」
それは私に戦えということだろう。
この少年はおそらく好戦的な性格だ。私の仲間を容赦なく炎に投げ込み、女であったさっきの私を、理屈でやり込めてくびり殺した。
戦えと言われれば、素直に戦うはずだ。
サイコキネシスだったな。私は目前の風景に、精一杯の力を放った。
コントロールに慣れていないことを誤魔化すためには、できるだけの力で暴れてしまった方が良いという判断だ。
目に映るすべてのものが浮き上がった。人を、物も、すべてを大きく浮き上がらせ、それらすべてを地に叩きつけた。
地響きがする。ぐしゃぐしゃと、人体のつぶれる音。飛び散った内臓物が大地を赤く染める。
丈夫な肉体を持つものはまだ生きている。私に飛び掛ってきたが、途中で燃え上がった。
パイロキネシストが私を見ている。かつて私の仲間たちと対立していた男だ。獅子といったか。
近づいてきて、こう言った。
「らしくもなく、容赦ないやり方だ」
……判断を間違えたようだ。私は答えようとして、めまいを感じた。
急にからだが重くなった。足から力が抜けた。腰からも。体ぜんぶから力が抜けて、私はその場に倒れた。
ああ、これがこのサイコキネシストの制限か。筋力を消失してしまうらしい。
獅子に寄り添っていた男が、私を気づかっている。
「しんどそうやな。大丈夫か?」
なぜかサイコメトラーが呆れていた。
「蟹。なんだその口調は」
「最後の敵さんの方言や。移ってしもうた」
人格をシンクロさせる能力か? いや、制限だろう。能力は別のものだ。
隔絶空間はまだ生きている。こうなった以上は、隔絶能力者にも早く死んでもらわなければ困る。
どこに隠れたのか。疲労でもつれる舌を、私は頑張って動かした。
「……おそらく最後の敵は、この隔絶空間の中に、もうひとつの隔絶空間をこしらえているんだ。……だから、普通の方法では、探し出せない……」
私がこれを言って、違和感を覚えられないだろうか?
しかし蟹と呼ばれた男が、「さすがに冷静やなあ」と納得していた。
獅子のほうは、いらついていた。
「そこから引きずり出す方法は無いのか。その能力者を」
能力者の制限を利用すれば簡単だが、私がそれを言うわけにもいかない。
だからかわりに、こう告げた。
「水瓶に、聞けば、良いんじゃないかな」
彼らはすでに歴史を知っている。ということは、彼らに歴史を教えたのは水瓶だ。
ならばこの隔絶空間についての説明も、水瓶から聞いたのだろう。
実際、彼らは納得している。獅子が炎を消し始めた。
そのあと私は彼らの味方として、正面から堂々と、彼らの隠れ家に入ることができた。
変わったつくりの家だ。入ってすぐに円形のロビーがある。吹き抜けになっているので、二階部分の廊下やドアも丸見えだ。
大きなテーブルに沢山の椅子。そこに座っているものの様子は、疲労しきっていた。
眼鏡をかけた男が、肩を抱いて震えている。その背中を撫でさすっているのは、双子。我々の裏切り者。
双子は我々を見て、困ったように微笑んだ。
「蠍がリセット中なもんで、乙女を戻せねえんだよ。ちなみに蠍の相手してるのは天秤だ」
天秤も、懐かしい名前だ。私は聞いた名前を次々と脳に刻んでいった。
双子の対面には二人の男が座っていて、向かいあってトランプをしている。
二人とも知っている。一人は魚だ。これも我々の裏切り者であると同時に、水瓶の親友だ。
もうひとりは射手。私の仲間の勧誘から逃げ回り、ついにはこの水瓶の一味と出会い、仲間に加わってしまった男。
その射手が、魚の手札からトランプを抜き取り、内容を見ると、叫んだ。
「うっわあ! またババだ!」
魚が、はしゃぐ。実に無邪気に。
「あははは、ぼくの勝ちー。射手よわいー」
「もう一回! な? もう一回やろうぜ魚」
「もうあきちゃったよ」
「そう言わずに、お願いします魚サマ」
「しようがないなあ。射手がどうしてもっていうなら、ぼく相手してあげてもいいよ」
制限発動中の魚の、相手をしてやっているのか。
サイコメトラーが双子に聞いた。
「残りはどうしてる?」
「牡牛は台所でメシ作ってるよ。水瓶が手伝ってる。それ以外なら、孔雀とカラスはぐっすり寝てる。山羊、イタズラするなら今だぜ」
牡牛が彼らに捕まったのは知っていたが。そのまま仲間になっていたのか。
ということは、私が牡牛の両親を殺してやったので、彼らの同情を得ることができたのだろうな。
あと孔雀とは何者だったか。カラスなら知っているが、捕まっていたのか?
なにもかもが、本来の歴史とは大違いだ。
蟹が手伝おうとかなんとか言いながら、台所のあるらしい方向に歩いていった。
私もあとに続こうと思ったのだが、獅子に腕をつかまれた。
顔を見上げると、獅子は「離れるな」と言った。
双子が同情深げに獅子を見ている。
「事情は知ってるよ、乙女が見てたから。大丈夫か? おまえの制限、たぶん催眠が解けると同時に、いっきに来るぜ」
「蠍に素早く眠らせてもらうしかないな」
なるほど乙女は遠視能力者か。そしてヒプノシスとは蠍。
蟹は消去法でテレパシストだろう。サイコメトラーの名前は山羊。これで大体の名前と能力は把握した。
まもなく台所から牡牛が出てきた。手に鍋を持って。
「カレーだけど。食べながら会議だって水瓶が」
続いて蟹が、食器類を持って出てきた。
そして最後に水瓶が。私の目的の男が、水差しを持って出てきた。
水瓶は双子に言った。
「蠍と天秤を呼んできてくれ」
双子はなぜか嫌がっている。
「あっさり言うなあ。気まずくないかそれ。最中だったらどうするんだよ」
「そうか? じゃあ僕が行こう」
「いやおまえでも同じだろ。牡羊も行くなよ? 蠍はあれで繊細なんだからよ」
なぜだろう。まあ私はこうして思考するのも億劫なくらい疲労しているので、動かさずに居てくれるのは有り難いが。
双子は周辺の人間の顔を見回して、適切な人材を考えているようだった。
「……乙女は今は無理。蟹もなんか性格変わってるから無理。なんてこった。いけそうなやつがまとめて駄目じゃねえか」
射手がぽつりと「魚だろ」と言った。
双子が呆れている。
「あほかおまえ。犯罪じゃねえか。いまの魚じゃ」
「だからいいんだ。いまの魚だから」
「なるほど。逆転の発想か」
「なあ魚サマ。蠍兄ちゃんがいま、天秤と仲良く遊んでるんだけど、ごはんだから降りてきなさいって、言ってきてくれませんか」
魚は首をかしげて尋ねた。
「それって、おてつだい?」
「そうそう」
「はあい」
魚は駆けていく。牡牛が私に言った。
「疲れてるんだろう。はやく座れ」
座る椅子がわからないな。どうすればいい。
「おれも、……て、手伝うよ」
「喋るのもままならない状態でなにを言ってるんだ。座れ」
言いながら牡牛はひとつの椅子を引いた。あそこか。
私は着席して、彼らの会議とやらを聞いてみることにした。
まもなく疲れきった様子の天秤が、魚と、蠍らしいもう一人と降りてきた。
それぞれが席に着席すると、水瓶は口を開いた。
「そろそろ、いちばん最初の、本来の歴史を語っておこうと思うんだ」