星座で801ログ保管庫出張所

超能力SS 15

 俺たちは安全のためも兼ねて、なるべく獣道を歩いていた。
 だが何回かは、道路を横断しなきゃならなかった。
 そしてあるとき、道路に向かって、低い崖みたいになったところから滑り降りたところで、対面の木々のあいだから牡牛が出てくるのを見た。
 牡牛は俺らを見て片手をあげると、道路の真ん中まで歩いてきて、それからこう言った。
「もうすぐ、次の出来事が起こる。双子の先読みでも変更は無かった。だから俺が来た」
 タイムテーブルによると、あとすこしで、家に訪問者が来る予定になってた。
 ってことは、その人物は、今くらいの時間に、この道路を通るはずだ。
 牡牛は裸の天秤を見ると、「寒くないのか」と言った。
 天秤は大丈夫と答えると、俺の聞きたかったことをかわりに聞いてくれた。
「家の様子はどうかな」
「孔雀は獅子がタコ殴りにしたせいで気絶してしまった。話を聞きだす暇も無かった。だから山羊が読んでる」
「射手は?」
「両手の、肘から先に麻痺が出た。天秤がこしらえた背中の内出血は、たいしたことなかった。どちらも魚が治した」
「乙女は」
「不安が出るたびに蠍が押さえてる。でも蠍のほうが限界になってきたから、もう少ししたら一回、ええと……」
「蠍にリセットがいるわけだね。ほかには?」
「蟹が、天秤と牡羊のことをすごく心配してるから、はやく帰ってやったほうが良いと思う」
 天秤はうなずくと、俺に向かって言った。
「急ごうか」
 俺は息切れを整えつつ言った
「先に行けよ。おれ牡牛とここに残るよ」
「大丈夫?」
「疲労はたいしたことねえ。けど牡牛がここにひとりで来たってことは、たぶんむこうの連中も、俺が残ることを期待してると思うんだ」
 仕事をするためには、人数が多いほうが良いのは確実なんだ。
 だけど情報収集や、心身の治療に関する能力を持っている連中は、他に仕事がある。
 モノ系の能力者である俺は、家ではやることがないから、自由に動ける。
 牡牛がうなずいた。
「獅子はそう思ってる。水瓶は反対してる。だから牡羊の判断にまかせることになった」
「残るよ。当然だろ」
 天秤はそれでも気に入らないらしく、腕を組んで考えていた。
「……獅子に頭を下げて、射手にも謝って、蟹を安心させて、それからまた僕も引き返して来よう」
「孔雀まだ殺すなよ?」
「殺さないよ」
 手をひらひらと振ったあと、天秤はいっきに駆けていった。
 どうも今までは、俺にあわせて、遅く歩いてくれてたみたいだな。
 牡牛は道路の彼方を見ている。俺は尋ねた。
「双子の読んだ未来だと、敵の正体ははっきりしてるわけだけど」
「ああ」
「俺はてっきり、蠍が来ると思ってたよ」
「それは無い。千日手になるから」
 カラスが来るのだ。相手の本来の意思を無視して、自分に惚れこませちまう能力の持ち主。
 古いバージョンの歴史では、家に乗り込んできたカラスによって、家族の半分くらいは負けちまう予定だったらしい。
 他の家族は、他の能力者に倒される運命だったが、その一部はもう天秤が倒しちまった。
 すでに歴史は変わっている。
 それにしても、だ。
「なんで牡牛なんだ?」
 言うと、牡牛も首をひねっていた。
「わからない。なんで俺なんだ?」
「俺に聞くなよ」
「蠍が家族に、カラスのことを詳しく話してくれたんだ。そしたら俺が戦うことになった」
 牡牛の能力は、能力そのものは戦いに向かない。むしろ自分を守るための力だからだ。
 牡牛も考え込みつつ、「まあいいか」なんて言って、宙に手を差し出した。
 その手に、がしゃっと、俺も知ってる装飾銃が握られた。
 それを地面に置いて、また手を差し出す。
 ひとつかみの金の銃弾を取り寄せた。それを俺に差し出し、込めてくれと言う。
 俺が作業してる間に、宙から妖刀を取り出した。いやっ妖刀つーより、クレイジーソードと呼ぶのがふさわしいアレだ。
 それから考えて、また取り寄せる。綺麗なナイフを一ふり。
 次にリンゴをいっこ取り寄せて、ナイフで剥きはじめた。
 俺はとりあえず注意した。
「冷蔵庫の中身、勝手に食ったら、蟹に怒られるぞ」
「家のじゃない」
「どこのだ?」
「知らない」
 いま日本のどこかの農園で、リンゴの木から、一個のリンゴが無くなってるんだろう。
 剥いたリンゴをもらって、かじりながら待っていると、まもなくエンジン音が聞こえた。
 バイクに乗ってやって来たカラスは、俺たちの前で乗り物を停止させると、ヘルメットを脱いで、俺に言った。
「久しぶりだね、牡羊」
 さすがに俺が好きだとかいう蠍の催眠は解けてるだろうけど、俺はなんとなく怖くて、尻ごみするような気持ちを感じてしまった。
 いや、もしもカラスが俺みたいな、モノ的な能力の持ち主だったら。それで喧嘩を仕掛けてくるんだったら。俺はぜんぜん怖くない。
 心に働きかけてくる力ってのは、どうも苦手だ。
 カラスはバイクから降り、牡牛を見た。
「きみは初対面だ」
「けれど俺はあなたを知ってる。アルバムも持ってる」
「そう。ありがとう。気に入ってくれてるのかな」
「とても」
 カラスはちょっと嬉しそうだった。
「きみの名前は?」
「牡牛。能力は物体取り寄せ。制限は、自分の欲望の量がすくないものについては、能力が発動しないこと」
 正直すぎないか?
 カラスも同じことを思ったようだ。意図をさぐるような目つきをしている。
「なにか狙いがあるのかな」
「べつに」
「ぼくの能力は知っているよね、当然」
「ああ。蠍に聞いた」
「……どうも、わからない」
 牡牛の足元には、牡牛が暇にまかせて取り寄せた武器が、いろいろ転がっていて、骨董市の出店みたいになってる。
 しかし今、牡牛が手に握っているのは、またどっかの工場から盗んだんだろう棒アイスだった。
 そして俺はかじりかけのリンゴを持ってて、そのせいで手がベタベタになっている。
 カラスは考えていたが、たぶんわからないだろうなと思う。だって俺らだってわからないんだから。
 カラスはやがて、考えることを諦めたみたいだった。直接、牡牛に聞いている。
「たとえばそこにある武器で、ぼくをいきなり攻撃しようとは思わなかったのかい?」
 牡牛は馬鹿正直にうなずいていた。
「思ってた。銃で狙撃したら、たぶんもう勝ってた」
「なぜそうしなかったの」
「あんたの歌が好きだから。死んだら、もったいないから」
「嬉しいけどね。だけどその判断のせいで、きみが死ぬはめになるかもしれないよ?」
「それはない。あんたの能力は相手を利用するためのもので、相手を殺してしまっては意味が無い」
「そこまで読んでいたわけだ。頭が良いな」
 牡牛は礼を言うように、すこし頭をうなずかせただけだった。
 ……なんだかなあ。頭が良いっていうのかそれ。頭が悪いふうにも感じないか。
 むしろ俺は牡牛って、肝が据わってんだか、にぶいんだか、よくわからないやつだと思うんだ。
 カラスは微笑み、俺を見た。
「川田の話だと、ぼくは何事も無く、きみらの家まで辿りつけるはずなんだけどね。その予定がこうして狂っているということは、きみの家族が未来を読んだのかな」
 カラスのほうは、本当に頭が良いんだと思う。
 俺はカラスのバイクを指さした。
「あれに乗って引き返す気、ないか?」
「そんなことをしたら、ぼくが川田に殺されてしまう」
「あんたは蠍の大事な人だったわけだから、おれ傷つけたくないんだよ」
「現在の大事な人であるきみが、過去の人であるぼくを心配する必要は無いだろう」
 そのへんは完全に誤解なんだが。
 カラスはなんか、戦う雰囲気なんかぜんぜん感じられないような、落ち着いた様子を崩さなかった。
「……ぼくの制限はもう知ってるよね。ぼくは残念ながら、人を大事に思う感情を持っていない。それを持てたのは、蠍がそばに居た時だけだった。しかしその時の気持ちも、今のぼくはもう忘れている。にもかかわらずぼくの能力は、人にその気持ちを強制する。矛盾だな」
 たしかに矛盾だ。本人にとっちゃ、面白くも何ともない能力だろう。
 そして俺らにとっちゃ、厄介な能力だ。
 カラスは言った。
「牡羊。愛してる」
 俺がここに残った理由は、牡牛を助けるためだった。
 それは間違いだったのか。いや正しかったのか。
 俺はカラスを助けてやることができる。そうカラスに言ってやりたかった。
 しかし俺は好きな相手には照れくさくなっちまうタイプなので、赤くなって黙り込むしかなかった。
 カラスは優しい目をしている。
「これで一人はぼくの味方だ」
 そして、牡牛は不思議そうに俺を見ている。
「本当に、あんなひとことで良いのか」
 俺のほうは、苦しい気分で牡牛を見上げた。
「牡牛が嫌になったわけじゃない。家族のみんなも敵だなんて思いたくねえ。でも今の俺は、カラスを助けたいんだ」
「カラスのために、俺を攻撃できるか?」
 それについては、俺はしっかりと頷いた。
 俺は牡牛と戦える。たとえ牡牛が家族でも、友達でも。今の俺にとっては、いちばん大事なのはカラスだから。
 カラスは俺にこう言った。
「じゃあ戦ってくれないか。僕のために」
 カラスは俺の能力を知らない。だから万が一の安全のために、俺に魅了をかけたのだろう。
 それで正解だ。俺の力は戦いに向いてる。
 俺は牡牛に念を放ち、ゆっくりと持ち上げた。
 あとは地面に叩きつけるだけ。仕方が無い。これは仕方が無いんだ。
 宙に浮いた牡牛は驚いていたが、両手を前に差し出すと、身をかばおうとするように、自分のからだを抱きしめた。
 いや、ちがう。
 取り寄せたのだ。カラスを。牡牛は空中で、カラスを抱きしめていた。
 混乱する俺に牡牛は告げる。
「俺たちを下ろせ牡羊。ゆっくりと」
 当たり前だ。そうしなきゃ、カラスが危ないじゃないか。
 俺が降下を念じると、牡牛はなんか格好よい形にカラスを抱いたまま、地に降り立った。
 カラスも驚いていた。不思議がるように牡牛に尋ねる。
「聞いてもいいかな。どういうことか」
 牡牛はうなずいた。
「たぶん俺にとっては、あなたの魅了は意味が無いんだ。もともと俺はあなたが好きだったから。あとは俺が、スピーカー越しの声だけでなく、あなたの実際の姿を知ることさえできれば良かった。あなたは自動的に俺の能力下に入る」
 手に入れたい、自分のものにしたい、食いたい触りたい感じたいという思いが、牡牛の能力であると同時に、制限。
 もともとカラスの声に魅了されていた牡牛にとっては、さらなる魅了は意味が無い。
 むしろその魅了の力は、牡牛の欲望を深めるだけだ。
 だから牡牛が選ばれたんだ。牡牛は対カラスの戦いにおいて、かならず負けない資質を持っていたから。
 牡牛はカラスを傷つけはしないだろうが、もうぜったいに、自分のものだっていう思いは消さないだろう。
 俺は叫んだ。
「ずりーぞ、牡牛!」
「役得」
 牡牛はここぞとばかりに、カラスをギュウ抱きしている。
 愛情という感情を理解しないカラスには、まだ状況が飲み込めてねえみたいだ。不思議そうな顔をしている。
「ええと、参ったな。残念ながらぼくは制限のために、きみの思いには答えられないんだが」
 牡牛はあっさりと言った。
「関係ない。俺が好きだから」
 この野郎。
 俺は念を放って二人を引き剥がそうとしたが、牡牛はものすごい腕力で抵抗した。
 カラスが痛がったのでやめた。どうすりゃいい。この強敵からカラスを奪うにはどうすればっ。
 ものをぶつけようとしたら、牡牛がカラスを体の内側にかばいやがった。俺が悪いみたいじゃねえか!
 殴りかかっていこうとしたら、牡牛は道路を後ずさりしつつ、次々と障害物(でかい彫刻とか)を並べていった。
 誰が誰の敵で味方なんだか分からない状況の中、天秤が帰ってきた。
 天秤はひと目で状況を把握したらしい。宙を向いて言った。
「乙女。射手を呼んで」
 裸婦像の影に、射手がゲラ笑いしつつ現れ、抱き合う二人をさらに抱いて、消えた。
 俺は天秤にすがりついた。
「どーなってんだ。どうなってんだこれは」
 天秤は複雑そうな目で俺を見ていた。
「今の牡羊は敵なんだねえ……」
「おう。でもべつに天秤が嫌いなわけじゃねえぞ」
「素直な性格は変わらないんだな。じゃあなんというか、きみもカラスが心配だろうから、一緒に家に帰ろうか」
 天秤はバイクを運転できるらしかった。カラスのバイクにまたがり、エンジンをかける。
 俺はすべての障害物を、怒りにまかせて吹き飛ばした。
 天秤は俺をバイクのケツに乗せると、家のほうにむけて走り出した。