窓際のベッドの脇には、みなが集合している。
そしてベッドの上には双子と、馬乗りになった魚の姿がある。
双子は魚の治療を受けつつ、俺たち全員の姿を確かめると、青ざめた笑顔を見せた。
「あーあ。なんか大騒動になっちまって」
魚が怒って、双子の頭をポカっとぶった。
「びょうきのひとは、しゃべっちゃだめー」
「いったー。てめ、力は大人なんだから加減しろよ」
すると蟹が、魚をベッドから抱き下ろし、そのあと双子の頭を撫でた。
「僕はきみに、すまないと思う」
いたわるように、慈しむように、蟹は双子を撫でる。
「だれが未来と引きかえに、きみに傷ついてほしいと思うものか。天秤が間に合わなかったらきみは、この世でいちばん僕を傷つける死に方をするところだった。だけどそんなきみを、僕はいつも止めることが出来ない」
双子はしばらく黙ったあと、ただ詫びた。しかし詫びの言葉の最後に、こう付け加えた。
「俺は蟹を傷つけるようなことはしねえよ。今回のこれは、必要だったからやったんだと思ってくれ。水瓶が決意をしてくれたおかげで、牡羊の運命が変わったから」
知ってるんだな。今日の出来事を。
水瓶は、すくなくとも見た目は、淡々としていた。
「双子の運命も変わっている。双子は発見が遅れて意識不明に陥るはずだった」
「へえ。じゃあ牡羊だけじゃなく、俺自身も、あんたに助けられたことになるのかな」
「自分の運命は読んでいなかったのか?」
「俺が知ることができるのは、俺の所属する時間の流れの中だけだ。あんたが決意を固めた時点で、俺たちは別の歴史に入ってる。だから、この流れに変わる前の、もとの歴史の運命は読めない」
「双子の今回の予知で、読めた未来の日数は」
「7日間。粘った甲斐があったぜ。水瓶、川田が来るぞ」
俺をふくめて全員がたぶん、ついに来たか、って思ってる。
双子は貧血で辛そうだったが、自分の見たものを言い切ろうと、必死な様子だった。
「未来が変わったのは、たぶん初めてじゃない。俺の勘では、川田たちは何回も未来を変えている。ってことはだ。おそらく、あちらさんにも、未来を調べることのできる能力者がいるんだ。だから俺の読んだ未来も変わる可能性はある」
双子の話は過去から始まった。俺が家族に加わる前の話だ。
ある日、双子は、俺という能力者が、獅子にかつぎこまれる未来を読んだ。
予知の中で獅子は双子にこう語った。俺を発見したのは偶然だと。散歩の途中で俺を見つけたのだと。
老朽化した橋をわたろうとして、割れた足板から落ちた俺は、能力を発動し、足元に岩を積み上げて、落下距離を縮めて助かったのだと言う。
からだを強く打った俺は、あちこちを骨折していたらしい。
しかしその未来を双子に聞いた、現在の獅子は、散歩の予定を、意図的な探索に切り替えた。俺を見つけるため、って目的の。
ついでに、俺を骨折させる運命を持った橋を、燃やしてしまった。
ここで、いま俺の横に居る獅子が、双子の話を保証した。
「歴史は少し変わったらしいが、結論は同じだろう。牡羊は俺たちの所に来た」
魚は、俺の骨折と疲労を治すべき運命を、俺の火傷と疲労を治す運命に切り替えられた。
蟹は、俺を警戒すべき運命を持っていたんだが、逆に俺を最初から歓迎し、世話をするという運命に切り替えられた。
射手と蠍の運命にはそれぞれ、獅子と俺を運んだ結果による麻痺と、獅子に睡眠を与えたことによる発情とが書き加えられた。
水瓶が解説する。
「僕が歴史を変えることを嫌がるのは、それをすることによって、別のどこかに荷重が移動するのがわかっているからだ。牡羊は骨折をせずにすんだ。しかしその荷重は、獅子の苦痛、射手の麻痺、蠍の発情に移動している」
双子がうなずく。
「俺が未来を読んじまった時点で、未来は変わってしまう。だから俺は、ここぞって時にしか、能力を使わないように気をつけてるんだ。けどそのポイントを読むのは勘だからな。難しいんだよ」
次に小さな自傷をおこなった双子は、俺がここに住む決断をくだすまでの未来を読んだ。
俺は初めて双子と会ったときの事を思い出す。たしかにあのとき、双子は自分でそれを言っていた。未来を読んできた、と。
それで双子は、しばらく騒動は無いと踏んだのだが、実際にはすぐに事件は起きたわけで。
俺と乙女が、牡牛と戦うことを、双子は知らなかった。
「知ってりゃ忠告したさ。牡牛の親も死なずに済んだかもしれねえ」
双子の言葉に、牡牛は目を伏せた。
「ああすれば良かったとか、こうすれば良かったとかいうのは、あまり考えても意味が無い気がする。俺が乙女を殺そうとする前に、双子が未来を読まなかったのも、運命なのだと思う」
それでも双子は説明した。水瓶の力を使えば、牡牛の両親は帰ってくると。
きっと牡牛だってそうしたいに違いない。しかしそれをやれば、そのかわりに、死の運命の荷重はどこかに移動する。
牡牛は黙って首を横に振り、すべてを受け入れていることを伝えてくれた。強いやつだなと俺は思う。
双子のほうは、牡牛の様子に対して、不思議がるようなかんじを見せていた。
「ひょっとして牡牛も、俺がこれから話すことと、同じことを考えてたのか?」
「たぶん。自分の運命について考えていて、それが推理になったんだ」
なんのことだ?
双子はその話を解説するかのように、また過去の話を始めた。
「それで反省した俺はまた未来を読んでみたんだが、ハズレだった。平和な一日が読めただけだ。牡羊と獅子と射手が、夜中に遊んで帰ってきて、家で乙女に怒られるっていう。それで安心して予知をさぼったら、また牡羊が攻撃された。魚がなんとか助け出したみたいだけど、あの出来事を俺は読んでなかったんだよ。それで迷ったけれど、さすがに三回連続ってことは無いだろうと思ってたら、牡羊はまた天秤といっしょに襲われていた。俺はあわてて未来を読んだ。またハズレだ。牡牛の引越し荷物を、山羊と牡羊が、この家に運んでくる未来だった。いくらなんでもハズレくじが多すぎる。だから俺は推理したんだ。俺の読みがハズレるのには理由があるって。たぶんどこかで運命がズレてる」
双子が未来を読んだ時には、騒動が起こらない。読んでなかった時には、起こる。
そういうふうに、歴史をズラしているやつが居るってことだ。
そんなことが出来るのは、それこそ双子自身か、水瓶か、そういった「時間」に対するスキルを持っている者だけだ。
そこまでは俺の頭でも理解できたんだが、その続きはわからない。俺は双子に聞いた。
「どーやってやるんだ? そんなこと」
「相手さんの正体がわからなかったら、やり方もわかんねーよ。だから水瓶に相談したんだ」
時間スキルを持つ者どうしで話し合い、出した結論は。
俺が関わる確率が、高すぎるということだ。
水瓶は俺を見つめた。
「鍵になるのは、牡羊の存在だ。どうもすべての流れが、牡羊にとって不利に働くように出来ている気がする。だからこそ決意した。牡羊の未来を、この僕が変えてみようと」
水瓶みたいな性格の人間にとっちゃ、それはすごく思い切った結論だったんだろう。
で、水瓶は行動を起こした。
双子自身には、しばらく未来を読まないことを指示しつつ、天秤に双子を監視させた。これによって双子の重体を防ぐためだ。
射手に頼んで、俺の行動を監視させた。これは双子の予知が働いていない時間を過ごすときの、俺を守るためだ。
天秤と射手が選ばれたのは、二人とも、「移動」に対するスキルを持っているからだという。緊急事態が起こったときの、とっさの行動に向いているのだ。
俺が射手を見ると、射手はにやにやしていた。
「単にスパイしててもつまらないから、遊んでみました」
「獅子の練習、邪魔しに行ったときか」
「面白かったなーあれ。でも考えてみりゃあれも、コトの中心は獅子だったけど、牡羊も巻き込まれたカタチだよな」
そして夏休みに入って、俺が宿題のために家に閉じこもるようになったので、射手は監視の目をゆるめた。
「そしたらある日、俺の知らないうちに、牡羊が蠍と出かけたとか聞いてさ。あせったよ。あちこち探しまわった」
「知らなかった。言ってくれりゃ家に居たのに」
「いや言ったら監視にならないだろ。でもって探してるうちに真夜中になって、しようがないから家に帰ったら、俺が部屋につくと同時に、蠍が部屋に飛び込んできて、容赦なく襲われて、俺は手も足も動かねーのに、それはもう、えげつない……」
蠍が射手に手を伸ばし、口を容赦なくふさいでいた。
ふうん。あの日、蠍の制限は、射手で解消されてたらしい。チンコが麻痺ってなくて良かったな。
蠍は射手の口をふさいだまま、少し顔を赤くしていた。
「正直に言うと、制限が出てて……。あの日、ちょっとした戦いはあった。やはり牡羊は、巻き込まれた形だったと思う」
やはり双子が読んでいない未来においては、俺はなにかに巻き込まれる。
そしてやっと、話は今に至る。今日、水瓶が俺を助けに出かけたあと、双子は部屋に閉じこもって予知をはじめた。
出不精な水瓶が、出かけるという行動をしたことが、自分に予知を決意させるきっかけだったのだと双子は言う。
「こんどはハズレを引かない自信があった。だからまとめて、出来る限りの予知を働かせることにしたんだ。俺の予知では、家に帰ってきた水瓶は、すぐに今日の出来事を話してくれる筈だったんだが。それはまだだな。早くしろよ水瓶」
それで水瓶はすべてを話した。短いようで長い話を、ちゃんと順番に説明した。
子供のころ、川田にキスされて未来に飛び、俺に出会ったこと。それから数年おきにワープをして俺に会い、最後に俺の死を見たこと。そして今日、その歴史を変えてきたこと。
「これはもう言っても意味の無いことだが、本来の歴史では、牡羊が死んでから、我々の運命は最悪なものになる。……やはり言わないほうがいいかな。ちなみにそっちの歴史において、未来を読んだ双子が自制を忘れたのは、自分が意識不明になったあと、山羊が双子の体から記憶を読み取って、なんとかしてくれるところまで読んでいたからだ」
こっちの双子は、照れ笑いのような表情を見せていた。
「自己犠牲ね。格好いいんだか駄目なんだかわかんねーな」
山羊が、むっとしていた。
「……駄目だろう、それは。完全に」
「分かってるよ」
「俺はおまえの犠牲になった姿なんて見たくないし、そんなおまえに能力を使いたくなんか無い」
「分かってるって。今のは照れ隠しだから」
「それは自己犠牲ではなく、自虐というんだ」
地味に痛い言葉の攻撃を受けて、双子はヘコんでいた。
俺は双子をかばった。
「あのさ。してもいないことで双子を怒ったって、双子が可哀想じゃねえか」
それで双子は立ち直った。
「こっちの俺は、天秤が俺を助けてくれるトコまで読んでたんだよ。だからそんな、無茶やってたわけじゃねーって」
すると乙女が、双子を怒鳴りつけた。
「ふざけるな! 天秤を助けに寄越したのは水瓶だ!」
「あー……、そうだった」
「なぜみずから周りを頼らない。それに俺と違っておまえは、自分の制限をコントロールできるんだ。にもかかわらず、わざわざ周りに最悪の迷惑をかける方向に自分を追い込むのは、おまえに予知能力者としての自覚が足りないからだ」
言葉はきついが乙女は優しい。乙女自身、自分の制限のかたちに普段から苦しんでいるから、こういうこともハッキリと言い切れるんだと思う。自分のことのように双子を気遣える。
しかしだ。俺はさっきと同じことを言った。
「いやだから。助かったあとに、助からなかったことを責めたって、なんか意味不明じゃねえか」
こうしてみると、予知能力ってのも損なもんだな。
双子もなんか、申し訳ないんだか、不満なんだかよくわからない顔をしていたが、咳払いをして気持ちを切り替えていた。
「まあ、そっちの話は、もうナシになったんだから、こっちに置いといて、だ。これからのことを説明するぞ。結論から言うと、7日後に川田が来る。この家に、俺たちに会いに」
そして双子は、もう俺たちが変えちまうことを決定している未来を、俺たちに話し始めたのだった。