星座で801ログ保管庫出張所

超能力SS 11

 学校に忘れ物してたんで、休みだけれども取りに行った。
 自分の教室に入り、机の中からプリントを取り出し、すぐに帰ろうとしたんだが。
 奇妙なことに気づいた。
 俺の教室からは旧校舎が見える。そこはもうすぐ取り壊しが決まっているので、立ち入り禁止だ。
 なのに、窓に、人影が見えた。
 俺は幽霊系の話が苦手だ。しかしこの真っ昼間から幽霊でもないだろうと思い、旧校舎に行ってみたのだ。
 そいつは、理科室に居た。俺の知っているやつに、よく似ていた。
 よーく似たやつだったが、俺の知っているそいつよりは、かなり若い。俺よりも年下なんじゃないか?
「水瓶かよ!」
 若くても、理数系の雰囲気をまとった水瓶は、俺を見て、へんな顔をした。
「なぜぼくの名前を知っている」
「そりゃ、俺がもう、おまえと知り合いだからだろ」
「ぼくはきみを知らない。初対面だと思う。説明してもらわなければ意味が分からない」
「ああ、それもそうか」
 こいつは子供のころの水瓶だから、まだ俺を知らなくて、えーと……、ややこしいな。
 名を名乗り、趣味とか言って、この学校の生徒であることとか言って、水瓶と家族であることを告げた。
 水瓶は、驚いていた。
「いったい何の話だ。ぼくの家族? ぼくには家族なんてものは無いぞ」
 そういや、うちの家族には、みんな親がいないんだった。
「だから、将来は出来るんだよ。今げんざいで12人の所帯だぜ」
「将来だって。……ぼくはひょっとして、未来に来ているのか?」
 初めてのワープだったらしい。
 俺は家族のことと、水瓶の能力を教えてやった。制限も含めて。
 水瓶が焦っているのが面白かった。こいつにも、こんなころがあったんだな。
「まあ気にすんなよ。俺でよければ、帰りのキスぐらいしてやるから」
「奇妙な能力だ。それで、この時代のぼくは、きみの弟なのか?」
「いや。今の水瓶は俺より年上だから、俺のほうが弟だよ」
「ぼくはずいぶん未来に来たんだな。当然、きみも何かの能力を使えるわけだね」
「おう。ものを動かせるんだ」
「それは普通だよ。……ああ、ぼくは川田くんのキスでここに来たんだけど、彼にも事情を説明するべきだろうか。きっと、とつぜん消えて驚いている」
 俺は驚いた。
「川田ぁ!?」
「知ってるのか。それでは彼は、ひょっとして、家族……」
「んなわけあるか! 川田は敵だ! 俺らあいつにひどい目に会わされてるんだよ!」
 それから今までのことを話した。俺が体験したことや、俺が聞いた話を。
 水瓶は戸惑っていた。
「どうも、信じられない。彼はそんな人間じゃない。ぼくの友人なんだ」
 それから何か、弱ったみたいな目を、俺に向けてきた。
「す、すまないが、ぼくを帰してくれ。川田くんに確認してみるから」
 真っ赤な顔してるのが妙にかわいい。俺は了解して、水瓶の唇に、自分のそれをちょんと押し付けてやった。
 水瓶の姿がにじみ、消え、古い教室には誰もいなくなった。
 俺は帰ろうとした。風景に背を向けようとしたその瞬間、世界がにじんだ。
 また水瓶が立っていた。微妙に髪型がかわっていた。顔も少し老けてた。
「やあ、久しぶりだね、牡羊」
 10秒ぶりくらいだと思うが。
 水瓶は興奮した様子だった。
「やはりきみの勘違いだよ。あれから暇を見ては川田くんと話し合ってるんだ。彼はそんな人間じゃない。だいいち彼は能力者じゃない」
 俺は首を横に振った。
「能力者じゃないのは知ってるよ。おまえの時代では川田はいいやつなんだろう。でもって将来、おまえを裏切るんだ」
「馬鹿な! いくら将来の弟といっても、友人への侮辱は許さないぞ」
 へえ。いつも飄々としているけれど、実は友達思いなやつなんだな、水瓶って。
 なら……、なら、俺は、今ちょっと思いついたことを、水瓶に言えるんじゃねえだろうか。
 言っていいのか。言うか? むしろこれは、言うべきなのか。
「あのよ水瓶。俺が怒ってるのは、いまの川田だ。俺は嘘は言ってねえ」
「ぼくだって感情的になっているわけじゃない。客観的に判断しているつもりだ」
「おまえならそうだろうな。ってことはだ。むかしの川田がいいやつなのなら、きっと今の川田に変わっちまうような、なにかの理由があったんだ」
「……」
「おまえ川田と友達なんだったら、そっちの川田をちゃんと守ってやれよ。性格変えちまうような出来事から」
 こっちの水瓶が嫌がってる「歴史を変える」ってのは、こういうことなのかもしれない。
 けど、俺はためらわねえ。
 水瓶が川田ってやつを、いいやつに変えてくれるんなら。それによって、みんなが困らずにすむんだったら。
 それによって、俺たちは家族ではなくなっちまうのかもしれねえが……、でも、やるのが正しいと俺は思うんだ。
 水瓶は黙って考え込んでいた。それから顔をあげて、俺を睨んだ。
「帰してくれ」
 二度目のキスで水瓶は消えた。
 俺は、待った。水瓶はたぶんまた来る。また少し年を取って。
 予想どうり水瓶は来た。今の水瓶にずいぶん近い老け具合になってた。
 そして水瓶の表情は、暗かった。
「久しぶりだな、牡羊」
「俺にとっちゃ10秒ぶりくらいだよ」
「そうか。しかし僕にとっては、本当に久しぶりなんだ」
 水瓶はしばらく黙って、辺りの様子を見回した。なにかを懐かしむように。
「この光景も久しぶりだ。古くなってしまった理科室。……今まで気づかなかったが、よく見てみれば、この時代ではもう、使われていないようだな」
「もうすぐ建て替えさ」
「川田がここの生徒だったんだ。僕は別の学校だった。ここには学校どうしの交流でよく訪れていたよ」
「川田になにかあったのか?」
 水瓶は苦しそうに「わからない」と言った。
「彼は変わってしまった。まるで別人だ」
「性格を変えるような何かがあったんだろ」
「二十四時間いっしょに居たわけではないが、僕が知る限りは、そんな出来事は無かったと思う。しかし今の彼は、なんというか、きみの言っていた通りのことをしでかしそうな、そんな雰囲気を持っている」
「……」
「彼はきみの言ったとおり、能力者の組織化を計画している。しかしきみの言うような悪どい思想は、いまのところ出てきていない。……どうすればいい。彼を信じていいのか。彼は能力者たちを助けたいと言っている。僕はどうすれば」
「悪どいことをやりそうになった時点で、止めればいいんだ」
 簡単な話だと思うが。
 能力者が固まってるってこと自体は、俺の今の家族だって同じようなもんだし、それ自体は、悪いことでもなんでもない。
 問題は、固まった連中が、やってること、だ。
「ていうか水瓶。おまえ今でも、川田を友達だと思ってんのか?」
「ああ。僕が彼を疑っているのは、きみとの出会いがあったからだ。それがなければ、性格が変わろうが思想が片寄ろうが、僕は川田の友人として、協力できることをしただけだと思う」
「だったらそれでいいじゃねえか。出来ることをやれよ。ひょっとしたら、おまえがそばにいれば、川田だって悪いことはしねえかもしれねえし」
「僕がそばに居れば、か」
「まだやってもいない悪いことで責められんのは、さすがに川田が可哀想な気もするしよ」
 ややこしい話だが。なんつーか、俺が将来、水瓶を殴る運命だったとしてもだ。そのことで今の俺が責められたって、俺は困るだろう。
 殴らなきゃ問題ないんだったら、殴らせないようにすればいいんだ。
 水瓶は納得したようで、俺に礼を言ってきた。
 そして俺からのキスで水瓶が消え、それとほぼ同時に、ほぼ現在どうりのルックスの水瓶が、空間の歪みから出現した。
 水瓶は、厳しい顔をしていた。
「久しぶりだな牡羊。きみにとっては10秒ぶりくらいか」
 1秒ぶりくらいだよ。
 いい加減、俺の唇を休ませてもらいてえ気もする。俺だってけっこう照れくさいんだ。
 水瓶はしかし、照れなどみじんも感じさせない様子だった。
 俺の両肩をつかみ、顔を見据えてきたのだ。
「確認する。きみにとって川田は悪か」
 それについては、きっぱりと頷いた。
「ああ。俺の敵だ」
「こちらの僕は川田に背いた。そうだな?」
「そうだよ」
 そのときだった。理科室のドアが開いた。
 そして俺は、いま教室の真ん中で、目の前から聞いていた声を、ドアの方向からも聞いた。
「きみはきみで、好きな運命を選べば良い」
 俺のよく知っている、現在の水瓶がそこに居た。
 むかしの水瓶は驚いていた。
「僕、か」
「ああ。僕だ」
「しかしこれは。僕が、僕に会ってしまうのはまずい。歴史に矛盾が生じる。だから牡羊に会いに来たのに」
「問題ない。矛盾をふくめての歴史なんだ」
「……これも定まっていたことなのか? このとき、この場所で、きみがここに来ることも」
「いや」
 現在の水瓶は笑う。あっさりと。なんてことないように。
「これは予定に無い歴史だ。きみは僕に会うことなく、過去に帰るはずだった」
 そして現在の水瓶は俺に近寄ってきて、いきなり俺を突き倒した。
 突き倒されながら俺は、何かの光の筋を見た。光の筋は窓から来て、いままで俺が居た場所を貫き、床に刺さって、そこに小さな黒い穴をあけた。
 俺の上に乗ったまま、現在の水瓶は言った。
「結論から言うと、川田の放った刺客が、いま牡羊を狙っている。光線をあやつる能力者だ」
 過去の水瓶がつぶやくように言った。
「すべて、本当なのか」
 現在の水瓶が答える。
「本当だよ。きみが、今よりもさらに未来のぼくからの伝言を受け、調べあげた不幸な事実は、すべて本当だ」
 言いながら水瓶はふところに手を入れた。なにか丸いものを取り出す。
「光線をあやつる能力者の存在を知ってから、彼に対抗する術を考えていた。まあ簡単だった。こうすればいい」
 言いながら水瓶は、その丸い鏡をかかげた。
 窓から飛んできた光は、入ってきたのときっちり同じ角度で、鏡に反射した。
 光線の狙っている位置を知らなければ、できない行動だった。
 水瓶は面白がるような目を窓に向けた。
「ちなみに能力者は向かいの校舎に居るんだ。光線は眉間から放たれるらしい。ということで、今あちらの校舎には、頭に穴をあけた男がひとり転がっているはずだ」
 過去の水瓶は呆然としていた。
 しかし、すぐに、もとの厳しい表情を取り戻すと、俺に言った。
「帰してくれ」
 しかし現在の水瓶が先に立ち上がり、過去の水瓶に向かって言った。
「僕で良いだろう。さあ」
 手招きされた過去の水瓶は、なんか複雑そうな表情をしつつ、顔を水瓶に差し出した。
 そうして現在の水瓶のキスを受け、過去の水瓶は消えた。
 現在の水瓶が言う。
「……僕にとっての牡羊は、ずっと長い間、あこがれの未来人だった。こうして同じ時間を過ごしているのは、奇妙な気分だよ」
 俺が今ここで体験したばかりのことを、すべて体験してきた水瓶からは、あらゆる過去を飲み込んで、すでに結論を出した人間だけが持てるんだろう、落ち着きみたいなものが感じられた。
 そしてそれこそが、俺の知る水瓶だ。
「俺に会ってたこと、なんで隠してたんだ」
「べつに隠してたわけじゃない。どうせいずれは体験する出来事だと知っていたから、あえて先立って言う必要を感じなかった。ちなみに僕の最初のキスは川田だが、その次はきみだ。なので、きみは川田と間接……、どうでもいいか」
「どうでもよくはねえが、そこまで割り切って考えてたんなら、なんでここに来たんだよ」
「きみを救うために。未来を変えるために。きみはここで死ぬ運命だったから」
 死にそうなほど驚いた。
 さっき水瓶に突き飛ばされたとき、あの光線はたしかに、俺の立ち位置に放たれていた。
 ってことはだ。この水瓶は、俺の死んだ未来を、過去に、見ていたのか。
 呆然とする俺に、水瓶はやっぱり、世間話みたいに語り続ける。
「なにが起こったのかわからなかった。きみはとつぜん、胸に穴をあけて倒れた。きみは血まみれになりながら僕にキスをくれた。未来を変えてくれとの伝言とともに」
「……」
「だから僕は過去に戻ってから、魚と行動を起こすとともに、光線使いの情報を調べ上げた。そして色々あって、現在に至るわけだが」
「いまのおまえの行動で、俺の死んだ歴史を……、消した?」
「ああ。僕としては、きみを助けたことを後悔してはいない。しかしそのせいで、ここから先の未来は、ぼくにもわからない。ぼくがワープして調べ上げた未来は、君のいない未来ばかりだったから」
「水瓶、いままで言ってたじゃねえか。歴史には干渉したくないって」
「主義としてね。しかし場合による。ただ断りもなく君の運命を変えてしまったことに関しては……すまなかった」
「命を助けられて、文句があるわけねぇだろ!」
 ホッとしている水瓶は、本当に変なやつだと思う。
 俺は自分の胸に手を当てた。ここに穴があいたのか。血がいっぱい出たのか。そんな俺の存在が有り得たのか。
 俺、水瓶に借りができちまった。一生かかっても返せねえほどの。
 それを言うと水瓶は首をかしげた。
「さっきも言ったとおり、ここから先の未来は、ぼくにもわからないんだ。きみの幸福は保証できない」
「幸せのために必要なのは、保証じゃなくて努力だろ」
 水瓶は黙って考えると、そうだな、と言った。
 そうして俺たちは家に帰った。あたらしい時間の中を歩きながら。

 ※※※

 家に帰り着くと、騒動が起きていた。
 ドアをくぐると同時に、天秤が天井から落ちてきて、水瓶に言った。
「言われた通りだった。しかし発見のタイミングが少しずれた。すまない」
「双子は無事か?」
「ああ。意識もはっきりしてる」
 双子が体じゅうを切ったらしいのだ。自殺のためではなく、能力の発動のために。
 鍵をかけた部屋に閉じこもった双子を、天秤が押し入って助けたのだという。
 俺たちは双子の部屋に駆け込んだ。
 血の匂いがした。床に沢山のタオルが積まれ、それらはたっぷりと流れたらしい血で汚れていた。
 体を赤く染めた双子が、ベッドのふちに腰かけていた。俺たちを見て笑う。
「待ってた」
 水瓶は頷いた。
「話してくれるか」
「オーケイ。でもみんなを呼んでくれ。みんなに話したい」
「……」
「今さら躊躇するなよ水瓶。これだけのリスクを払ったんだ。リターンは確実に回収しねえと。みんなに話したほうがいい」
 しかし天秤が双子に歩み寄り、優しくその体を突いた。
 それだけで、双子の体は勢いよくベッドに倒れた。
 痛みに呻く双子に、天秤は優しく語りかけた。
「話の前に、治療が要るね。話はそれから」