星座で801ログ保管庫出張所

超能力SS 8

 夏休みに入る直前、学校に転校生が来た。
 それは牡牛だった。友達とかは驚いていた。秀才北高から大馬鹿南高への転入ってのが、ちょっと珍しいかんじだったからだ。
 俺は知っていたから驚かなかったけど、もったいないな、とは思っていた。
 休み時間、学校内を案内しながら、俺は牡牛に尋ねた。
「俺らの家からでも通えるだろ、北高。なんでわざわざこっちに来たんだ」
「みんなに薦められた。牡羊と一緒に行動したほうが、身を守るには便利だろうと」
 それは初耳だ。
「俺のためかよ」
「いや、俺のほうのためだと思う。早く新しい家族に馴染むためにも、そっちのほうがいいという判断かな」
 俺らの家族に加わる条件は、天涯孤独の身であること、だった。
 牡牛は両親を失ってはいたが、遠い親戚がいて、財産相続で揉めたりして、それがやっかいだったらしい。
 家族に加わるのが今まで遅れたのは、そのせいだという。
 牡牛はつくづく疲れた感じで言った。
「強欲なのは、うちの血筋なんだ」
「血筋ってことは、おまえも欲深ぇの?」
「俺の能力を知ってるだろ。好きなものだけを取り寄せる能力だ。そして俺の好きなものは」
 食事や、美術品や、楽器。
 能力って性格と関係あるんだろうか。
 その日は早くに家に帰って、牡牛の歓迎パーティーやって寝た。
 次の日は、牡牛の引越し荷物を運ぶために、牡牛の家まで行くことになった。
 話し合いの結果、手伝いメンツは、大型免許を持っている山羊と、荷物を運ぶのが得意な俺と、牡牛の三人になった。
 出かけてみると、牡牛の家は、古い和風建築で、ものすげえでかかった。
 トラックがくぐれるほど広い門をくぐると、家が一戸建てられそうな庭があり、部屋が一個作れそうな玄関があるのだ。
 すげえを連発する俺に牡牛は言った。
「もうここは、俺の家じゃない」
「売っちまったの? もったいねーな」
「あまり好きじゃないんだ、この家。幽霊が出るから」
 山羊は建築関係の仕事をしてるので、この家が面白いらしくって、あちこちに視線を飛ばしていた。
 その視線をすっと牡牛に向けた。
「その話は、買い主も知っているのか?」
 牡牛はうなずく。
「知ってる。だから、安く買い叩かれた」
 山羊は、なにかが気に入らなさそうな、納得できないような顔をしていた。
 俺のほうは普通に、嫌だなあと思っていた。
 だって幽霊って、サイコキネシスのプロだよな? 物を飛ばしたり壊したりする。勝てるのかよ。
 牡牛は、俺らの放つ雰囲気に戸惑っていた。
「俺も非科学的だとは思うけど、そういう話が出るだけの理由があるし……、そういう話がある以上は、売り値が下がっても仕方が無いと思うんだが」
 山羊はなんか、切なそうだった。
「仕方が無い? それは違う。それは申し訳ないが傲慢な意見だと思う。この家には設計者の技術と、信念と、経た年月の重みが刻まれている。安く扱って良いものじゃない。それは作り主に失礼だ」
 俺は真っ当な意見を言った。
「こえーからさっさと帰ろうぜ」
 牡牛は俺の意見に賛成し、部屋に案内してくれた。
 ただ牡牛は、自分の好きなものは、あらかたすでに、新しい家に取り寄せていた。
 だから運ぶのは、牡牛にとってどうでもいいものばかりだった。勉強机とか、古いパソコンとか、そんなもんだ。
 そういうデカいものは俺が能力で運び、細かいものは山羊がダンボールに詰めて、作業は意外とあっさり終わった。
 最後に牡牛が言った。
「実は、持って行こうかどうか、迷っているものがあるんだ」
 牡牛は俺らを別の場所に案内した。
 そこは、蔵だった。中はほぼ空っぽで、あらかたの荷物は売られちまっていたが、ただ一個、へんなものがあった。
 屏風だ。天女の絵が描いてあった。
 牡牛は説明する。
「幽霊だ。これを夜中に見に来ると、天女が絵から抜け出て動き出すらしい。そういうものなので、売れなかった」
 俺は、ビビってる俺を隠そうと必死だった。
「この女の人が踊ってくれるのか? だったら面白れえじゃん」
「踊ってくれるついでに、とり殺してもくれるから、夜中に見てはいけないと言われた」
 山羊は、首を横に振った。
「そんな理由で売られないなんて、そんな馬鹿な話があるものか」
「鑑定にも出してない。ていうか、鑑定の人もチラ見しただけで通り過ぎてた」
「鑑定か」
 そこで山羊は、手袋を脱いだ。
「俺が鑑定する」
 くそ真面目な男だなあと、俺は思っていた。ヤバいものが見えたらどうするんだよ。
 牡牛のほうは、ちょっと興味を持っているっぽかった。度胸のあるやつだ。
 山羊は屏風に触れて、目を彼方に向けた。
 しばらく黙り、やがて言った。
「屏風の記憶は、くらい。なにも見えない」
「それは暗いだろう。蔵だから」
「いや……、明かりが見えた。ロウソクの明かりだ。ロウソクの明かりの中に、軍服を着た男が座っている。男の顔は牡牛に似ているが、丸眼鏡をかけている」
「ああ」と牡牛が言った。「じいさんだ」
 山羊はしばらく目を細めて、俺には見えない、暗がりに灯るロウソクの明かりの中を、じっと見つめているようだった。
「ご祖父は背筋を伸ばして正座している。その前にすずりと和紙。和紙には天女の絵。どうやらこの絵は、牡牛のご祖父が書いたようだ」
 牡牛は、嬉しそうだった。
「じいさんは絵が上手かったらしい」
「なるほど。ご祖父も出来に納得したような表情をしている。それからご祖父は、脇から箱を取り出した。漆塗りの綺麗な箱だ。両手で捧げ持ち、ふたを開いた。箱の中身は、……あ」
 あ?
 山羊は急に屏風から手を離して、虚脱した。
 牡牛が動揺している。
「なんだ。なにがあった。何事だ」
 牡牛は山羊をがくがくと揺すぶるが、山羊はボーっとしちまって答えない。
 俺たちは待った。山羊が読み取りに使った5分ほどの時間が、山羊の腑抜け時間になるはずだ。
 そして5分後、山羊は腑抜けモードから回復し、大きく息を吐いた。
「ああ、驚いた。あれはいったい何だったんだろう」
 牡牛が当然のことを尋ねる。
「何を見たんだ、山羊」
「いや、暗すぎてよく見えなかった。たぶん俺の勘違いだと思う」
 なんだそりゃ。
 牡牛はものすごい目で山羊を睨みつけていた。
「見てくれ。もういちど見ろ。なにがあったか確認しろ」
「なぜか気が乗らないんだ。不思議だ」
「山羊!」
「わかっている。いちど引き受けた仕事は、最後までやり遂げる。……少し待て」
 山羊は眉間を揉んだあと、片手をあげて、ぴたりと屏風に触った。
 今度はすぐに見えたようだった。
「箱の中身は、大量の人物画だ。浮世絵だな。春画……、ちょっと未成年には説明しにくい内容の絵だ。ご祖父はその一枚一枚を取り出して、明かりに差し出しては丹念に眺めている。いちいち納得してはうなずく。そしてこの屏風に貼り付けていく。……今、すべてを貼り付け終えた。ご祖父は屏風を眺めながら、決意した目をした。足をくずし、手を……。その、こ、これは。男として当然の行為を」
 山羊は慌てたように屏風から手を離し、そのまま文字通り、魂をどこかに飛ばしていた。
 俺は、いたたまれない気持ちで牡牛の背中を見つめた。
 なにが悲しくて、自分のじいさんのオナニーのオカズを、その孫が知らされなきゃならないんだ。
 牡牛は悲惨な顔をして屏風を見つめている。表面の天女の絵を。そして、その裏側に貼り付けられているらしい何かを。
 やがて山羊は回復し、真剣なまなざしを牡牛にそそいだ。
「牡牛、大丈夫だ。浮世絵の美術的価値はたいしたものだと聞く」
 なにがどう大丈夫なんだ。
 牡牛は目を泳がせながら、「次の場所に行こう」と言った。
 俺たちは蔵を脱出し、牡牛の家の台所に向かった。
 台所には比較的、ものが残っていた。大きな棚に沢山の食器がある。そして棚の中央には、大きな皿が飾られていた。
 牡牛はダメージから回復したらしく、ふつうの調子で説明しだした。
「この皿。母さんは陶芸の趣味があったんだが、この皿は母さんが、師匠にあたる人から貰ったものなんだ。高価なものだが、持ち主には災難がつきまとうらしい」
 俺は山羊を見た。
 山羊は頷き、片手をあげた。
 そうして山羊は語り始めた。大皿の記憶を。
「髪をひとつにまとめた女性。流しに向かって作業をしている。包丁の鳴る音。作業台に置かれた葱の束」
 牡牛が、おふくろ、とつぶやいた。
 それから山羊は、牡牛の母親が食事を作る様子を、淡々と解説していった。
 牡牛の母親は味噌汁を作り、あえものを混ぜる。魚をさばき、刺身を作り、その刺身を乗せるために、師匠から貰ったばかりの大皿を使ってみようと思ったのだった。理由は、きっと白い身が映えるから。
「相談された父親のほうも、それは楽しみだと言っている。母親はまた作業に戻る。……完成したようだ。母親が牡牛の名前を呼んでいる。出来上がった料理を運んでちょうだいと言っている。右側から高い返事の声。小さな子供があらわれた。これは牡牛か」
 牡牛は照れくさそうに、指で頬を掻いていた。
「料理運びは、俺の仕事だったんだ」
「牡牛はおかずを運んだ。……ん、電話の鳴る音がしている。母親が台所を出て行って、いまここには誰も居ない。いや、牡牛が戻ってきた。牡牛は大皿に手を出し、両手で持って運んでい……あ」
 山羊は沈黙する。俺は叫んだ。
「腑抜けるな! 続けろ山羊! 気になるじゃねえか!」
「小さな牡牛の手には、皿が重すぎたんだ。落とされた。割れた。まっぷたつだ」
「……」
 牡牛はたしかに災難に見舞われた男だ。両親を失っている。
 それは不吉な皿を割っちまった呪いなのか。
 青い顔をした牡牛を置いて、山羊は生真面目に語りを続ける。
「音に驚いてやってきた父親が呆然としている。牡牛は泣いている。母親が戻ってきた。牡牛、割ったのねと言った。泣かないで、たいしたものじゃないんだから。ニセモノよそれ」
 なんだって!?
「ニセモノなのかあ? じゃあ牡牛の言ってた、皿の不吉ポイントはなんなんだよ」
「ええと、牡牛の母親いわく、何人もの専門家気取りが、この皿をひどい高値で買って、痛い目を見てきたそうだ。こんな不吉な皿は割れたほうが良いので、牡牛は良いことをしたと」
 俺たちは棚から皿を取り出し、よくよく観察した。
 皿はたしかに割れたあと、接着剤その他で修復されたらしい跡があった。
 そういうわけで、この皿には、価値のかけらもないことが判明したわけだ。
 ただこの皿には、たしかに価値のかけらもないが、牡牛だけには価値がある。
 山羊の回復を待って、皿を包装し、いったん車に運んでから、ふたたび家に戻った。
 牡牛は明るい雰囲気になっていた。廊下を歩きながら、のんびりと解説をしている。
「次の品物は、鑑定の必要は無いと思う。ていうかすでに鑑定されてる。本物だ」
 がらっと襖を開く。
 大きな和室だった。奥に神棚があって、そこに、一本の日本刀が置いてあった。
 それを指しつつ牡牛は言う。
「これは買いたいという人がたくさん居たけど、俺が断った。大切なものだから。先祖代々伝えられてきた刀で、妖刀なんだ」
 牡牛の先祖は武士だった。たくさんの武功をたてて、褒美として、殿様に、この刀を貰ったんだそうだ。
 しかしその刀は、敵の武将の遺品でもあった。
 刀は血を求め、牡牛の先祖にとり付き、牡牛の先祖を狂わせた。
「先祖はある日、この刀を持って、家中の人間を惨殺したのだという。それ以来、俺の一族に武士はいなくなった。みな農民として暮らした。そうすると刀は一族を呪わなくなった」
 じゃあこの刀は、いま現在は、別に呪いグッズでもないわけだ。
 俺がそう言うと、牡牛はうなずいた。
「今は武士の居ない世の中だし、刀が価値のある品物だということは間違いない。だから鑑定はいらない」
 しかし、山羊が言った。
「牡牛がこれから、一度も戦わないということは、あり得るんだろうか」
 俺らは黙った。
 武士ってのは、殿様のために戦う人だ。
 うちには別に殿様はいねえけど、俺、戦いなら何度かやってる。
 もしも牡牛が襲われたら、俺は牡牛のために戦うだろうし、牡牛だって自分のために戦うだろう。
 実際に牡牛は、俺といちど戦ってるんだ。脅されての戦いだったけど。
 俺は山羊に言った。
「読むか?」
 山羊は頷いた。
 そういうわけで、山羊はまた、呪いグッズの鑑定に、これも文字通り手を出したのだった。
 俺はといえば、怖さに対抗する気持ちと、ちょっとした好奇心とで、胸を熱くしていた。
 今度の言い伝えには期待して良いんだろうか。本物の凄さを。
 山羊の沈黙は長かった。刀が生きてきた長い年月のせいだろうか。
 やがて語り出した。
「これは凄いな。侍が見える。大きな部屋に侍が立っている。侍の前には、大勢の使用人たちが平伏している」
 山羊の脳内の大河ドラマを想像しつつ、俺はおおっと声をあげた。本物だ。
 山羊は語り続ける。刀の体験した物語を。
「侍は怒っている。壷を割ったのは誰だと言っている。誰も返事をしない。侍は刀を取り上げ、言った。どうしても言わぬというのなら、永遠に言わぬが良い。――侍がこの刀を抜く。一人の首が刎ねられた」
 本物だ。本当に本物だ。
 わくわくする俺に、山羊は物語りを続ける。
「血しぶき。絶叫。みなが混乱を起こしている。出口を求めて殺到するが、それが仇となった。混雑し、出られない。侍がまた一人の首を刎ねた。また一人。また一人刎ねて、今度は別の一人の腹を刺す。また腹を刺す。また腹を刺して、首を切って、手足を切って、腹を割って、内臓を引きずり出してぶちまけ、落ちていた首をつかんで、別の一人に投げつけて気絶させ、手も投げて気絶させ、足も投げて気絶させ、腸でだれかの足を引っかけて転ばし、逃げようとした別の人間に飛び蹴りをかまし、頭突き、噛み付き、金的蹴り等の反則をかまし、勇気を出して止めに来た男の顔面に素晴らしい右ストレートをはなち、一撃で倒し、両手を上げ、ガッツポーズをして雄叫びをあげ、そして背後に忍び寄った男に対して指を突き出し、目つぶしして眼球を掻き出し、その眼球でお手玉をしつつ、胴に巻いたはらわたを振るように腰振りダンスを踊りつつ、足で生首をドリブルしながら庭に向かい、馬小屋に居た下男にゲロを吐きかけて嫌がらせをし、馬を奪って逃走したが、逃げ道の途中、馬から落ちて落馬して、骨を折る骨折をし、そのまま動けなくなったので舌を噛んで死んだ」
 言い伝えに嘘は無かった。たしかに本物だった。たしかに狂った武士の物語ではあったんだが。
 なんで俺はガッカリしてるんだろう。なんで俺は、まともに怖がりたかった、なんて思ってるんだろう。
 なんとも言えない気分で、俺と牡牛は顔を見合わせた。
 虚脱できる山羊がうらやましかった。幸せに腑抜けやがって。俺らどうすりゃいいんだよ。
 山羊の携帯が鳴った。勝手に取り上げて表示を見ると、乙女からだった。
 俺が出た。乙女は、予定の時間になっても帰らない俺らを心配して、かけてきたらしかった。
 俺はこう尋ねた。
「なー乙女。あんたって潔癖だよな」
『は? なんだ突然』
「すごく良い道具があるんだ。けどケガレてるんだ。どうすりゃいいんだろ」
 乙女はこう答えた。
『消毒して使えば良いんじゃないか』
 そういうわけで、刀はあとでお払いすることにして、トラックに積んで持って帰った。