星座で801ログ保管庫出張所

超能力SS 7

 蟹は読心のほかに、つくろい物というスキルを持っていた。
 そのスキルはたいしたもんで、すぐに破れたがる俺の制服を、ケガを治す魚以上の力で、完璧に癒してくれた。
 しかし蟹ばかりに負担をかけるわけにはいかないと、天秤が言い出したのだ。
「新しい制服を買っておいた方が早いんじゃないかな。あと普段着も足りないだろう。靴も」
「金ねえもん」
「学生がお金の心配なんてしなくていいんだよ。僕がおごるから」
「いいよ。悪いし」
「あのね。きみのために言ってるんじゃなくて、きみの服を縫う蟹や、きみの毎日の泥だらけっぷりに苛々している乙女や、きみの清貧さに心を痛めている魚のために言ってるんだ」
 そして俺の身なりのかまわなさが気に食わない天秤のためだろうか。
 すげえ面倒くさかったけど、蟹や乙女や魚(と天秤)のためだと思って、休日、我慢して、天秤と街に行った。
 制服を採寸して、そのあとあちこちの店に行って、いろんな服を買った。
 天秤は俺の好きそうな、動きやすくて、シンプルで、気軽なかんじの服を選ぶのが上手かった。
 しかし支払いのたびに俺は絶句した。すげえ高いんだよ! シンプルでも、動きやすくても、気軽な感じでも。
 だから俺は、恐縮しちまって、ぐったりしちまって、暴れまわる以上に疲れた気持ちを感じつつ、大通りを天秤と歩いたのだった。
 天秤は俺を気づかった。
「疲れてるね。どこかで休憩しよう。ついでにお昼でも」
「いいよ帰って食うよ」
「きみの大食いにあわせて料理する蟹のために、きみの食事マナーの無さに苛々している乙女のために、きみの腹ペコっぷりに心を痛めている魚のために」
「でもって食いもんの好みにうるさいアンタのためだろ? わかったよ!」
 でも天秤は親切だと思う。なんだかんだで、すべてを俺の好みに合わせてくれる。
 高そうだけど、食べ放題で色々食える店に連れて行ってもらった。
 俺は激しく食いながら、疑問に思っていたことを尋ねた。
「あんた仕事なにしてんの? けっこう金持ってるみたいだけど」
「なんだと思う?」
「俺が聞いてんだよ」
「ちょっと言いにくい職業なんだ。まあ、肉体労働かな」
 意外だ。ツルハシで穴でも掘ってるんだろうか。
 俺は野菜類には目もくれず、ひたすら肉を食い続けた。
 やっと腹が満足したので、デザートでも食おうかな、と思ったところで、事件が起こった。
 俺らは四人がけのテーブルに二人で座っていたのだが、俺の横の椅子と、天秤の横の椅子に、とつぜん、二人の男が座ったのだ。
 二人とも手に皿を持っていて、そこにはケーキがぽつんと一個乗ってた。明らかに食う気が無いような皿の様子だった。
 天秤の横に座った、やたらと尖ったかんじの男が、天秤にこう言った。
「やっと見つけたぜ、天秤」
 それから、俺のとなりの真面目そうな男が、天秤にこう言った。
「もう逃げられないぞ、天秤」
 敵か? のわりには、天秤の様子は落ち着いていた。ゆっくりと紅茶をすすり、にこやかに二人に笑みかける。
「ひさしぶりだね三角、レチクル」
「今までのことは問わねえ。戻って来い。川田さんも待ってる」
 天秤はむかし、川田の仲間だったんだよな。
 ひょっとして今、俺ら、ものすげえピンチなのかもしれない。
 だけど天秤があまりにもおだやかなんで、俺もなんかボーっとしてた。
 天秤は、散歩をねだって興奮してる犬に、マテを命じるみたいな口調で言った。
「食事中なんだ。そういう話はよしてくれ」
 三角とレチクルはしかし、天秤とは反対の様子で、急いでるみたいに交互に喋りだした。
「どこだろうと、なにをしている最中だろうと同じじゃねぇか」
「おまえはすぐに逃げるからな。だからさっさと話しておく。戻れ。タダでとは言わない」
「報酬は希望どうり。地位も望みどうりだ」
「望みの場所に、望みの住家を用意する。仕事もおまえの好きなようにすればいい」
 なんか、すげえ話になってないか。
 天秤はしかし、今度は露骨に眉をしかめていた。
「困ったね。僕の望みはそういうものじゃないんだよ。何度言えばわかってもらえるんだろう」
 それから俺を見た。困ったみたいな顔だった。
「僕一人ならさっさと逃げちゃうんだけど、きみがいるからなあ」
 たしかにそうだろう。俺を連れて壁抜けはできないんだ、天秤は。
 なんか俺、天秤に迷惑かけてるみたいだ。
 申し訳なかったので、まず三角に言った。
「よくわかんねーけど、天秤いやがってるし。諦めたらどうだ?」
 三角は、尖った目で俺を睨んだ。
「テメエ天秤とこの新入りらしいな。調子に乗んな。刺すぞ」
 こいつは刺す力のある能力者らしい。
 俺は次に、レチクルに聞いた。
「天秤ってなんの仕事してたんだ?」
「今も昔も天秤は、すぐれた暗殺者だ。おまえの一味の家族ごっこにつき合わせるには役不足だ」
 天秤って殺し屋なのか?
 レチクルの能力はわかんねえ。やっぱこういうのは、山羊みたいな能力で読み取ったりしなきゃ駄目か。
 俺は最後に、天秤に言った。
「どうする?」
 天秤はあごに手を当てて考えていた。それからやっぱり、世間話のように言った。
「ええとね。三角は空気の槍をあやつる能力者。レチクルは空気の弾丸を飛ばす能力者だよ」
「槍と鉄砲か。なんか強そうな気がする」
「そのうえ二人は制限がゆるいんだ。力を限界まで使ったあとは、しばらく力が使えなくなるだけ」
「天秤。あんた今すぐ逃げていいぞ」
「いや、悪いよそれは」
「色々おごってもらったし。えーと、なんつーか、俺は「野菜をたっぷり食えて幸せだから」、あんたは逃げてもいい」
 見え見えの嘘を言ったのは、逃げるフリをしてくれって意味だった。このまま話しててもラチあかねーし。
 天秤は頷くと「悪いね」と言って、下に沈んだ。
 俺と空気コンビは立ち上がり、天秤の椅子を見た。
 椅子の上には、天秤の服が、つるしたあとに上から叩き潰されたみたいなかたちで残っていた。
 空気コンビは顔を見合わせると、俺を睨んできた。こえー目だった。
 そして三角が、俺にむかって拳を突き出しつつ言う。
「いま、見えない刀が、テメエののどに向いてるよ」
 それからレチクルが、便所の方向に移動して、俺に向かって指を突き出した。
「おまえの頭を狙っている。撃ち抜かれたくなければ、天秤を呼び戻せ」
 俺はなにも知らない。こいつらと天秤のことはわからない。
 ただわかるのは、こいつらが偉そうで、天秤の気持ちをてんで無視してて、人を下に見てて、すげえムカつくってことだけだ。
 俺は息を吸い、吐いた。力を同時に二方向に向ける。そして、放つ。
 三角は強烈に横に吹き飛んで、店の窓ガラスを突き破って飛んでいった。
 レチクルは強烈に後ろに吹き飛んで、便所のドアを叩き割って中に入っていった。
 俺は自分をチェックする。制限は? 出てるけど大丈夫だ。特訓による体力アップのおかげだ。
 俺は荷物をかかえた。素早く天秤の服をあさって財布を取り出すと、それを持ってレジに走った。
 呆然としているレジのおっさんの胸に「おらぁ!」と財布を叩きつけ、店を飛び出す。
 大通りに三角が居た。顔面流血しながらそいつは、雄叫びをあげて俺に手を突き出してきた。
 とっさにしゃがんだ。頭上で俺の髪の毛が数本切断され、頬に落ちてくる。あぶねえ。
 しゃがんだ姿勢から横に転がり、立ち上がると、俺を呼ぶ声がした。
 店から出てきたレチクルだった。指をかまえている。
 俺はさっと路地に飛び込んだ。飛び込むと同時に、反対側の建物の壁に穴があき、コンクリートのかけらが散るのが見えた。
 俺はそのまま路地を走る。角をいくつも曲がり、駅を目指す。
 真っ昼間から、人の多いところで力を使うのはヤバいと思ったのだ。なるべく戦いは避けたい。
 しばらく路地を走って立ち止まった。
 俺の目の前に現れたのは、三角。先回りしたらしい。
 背後を振り返った。
 俺の後ろに現れたのは、レチクル。近道して追ってきたらしい。
 逃げ切れれば良かったんだが、無理だったか。
 とりあえず文句を言った。
「俺はあんたらを、なるべく傷つけないようにしてやってんだぞ」
 これが獅子あたりだったら、こいつらとっくに焼死してる。
 俺は色々経験したにもかかわらず、まだそこまで思い切りよくはなれずにいたのだ。
 三角が、目じりを吊り上げた。
「ふざけんなこのクソガキ。腹かっさばいてやる」
 レチクルが、目を点のように細めた。
「天秤の仲間を順に消していけば、天秤は気を変えるかもしれん。まずはおまえだ」
 制限の疲労は来ているが……ここは踏ん張らないとまずい。
 俺はそばのゴミ箱と、不法投棄されたらしいエアコンに意識を向けていた。
 まずはエアコンを引きつけた。俺の頭のそばに浮いたエアコンが、空気の弾丸を受けて側面にヒビを走らせた。
 次にゴミ箱を浮かす。同時に三角が迫ってきた。突き出された空気の槍の先で、ゴミ箱がフタに綺麗な穴をあけた。
 駄目だ、疲れが来てる。ここらへんで二人を気絶させなきゃ、俺がやばい。
 俺は二人をまとめて宙に浮かせ、子供が積み木を打ち合わせて遊ぶみたいに、ぶっつけた。
 それからふりまわす。二人の体は同時に、ビルの二階あたりの壁にぶつかった。
 三角の体は、下に落ちてきた。
 レチクルの体は、壁に張り付いたまま落ちてこなかった。
 よく見るとレチクルの首には、ビルの壁から生えた、二本の腕が巻きついていたのだ。
 首を絞められたレチクルは、ピンで留められた虫みたいにもがく。
 じたばたした動き。痙攣。やがて停止。
 どさりと落ちたレチクルを見ながら、俺はいやな感じを味わっていた。
 どうも、慣れない。仕方の無いことだとわかってはいても。
 壁に生えていた腕は、そのまますうっと一階まで移動した。
 そして壁から抜け出てきた裸の天秤に、俺は尋ねた。
「ここまでやる必要あんのかな。俺らどう見ても楽勝だったじゃん」
 三角はすでに気絶している。天秤は三角に向かってかがみこみ、ただ、手を振った。
 天秤の手の先が三角の頭部をすり抜けた。同時に三角は頭の中をつぶされた。鼻から血を垂らしつつ三角は死んだ。
 俺はまた尋ねた。
「たとえば牡牛のときみたいに、生かして連れて帰って、いろいろ聞き出すとかできたんじゃねえの?」
 天秤は手をぬぐっている。死体の服で。
 俺は尋ねた。叫ぶみたいな声で。
「あんたら、仲間だったんじゃねえのかよ!?」
 天秤ははじめて、強い表情を見せた。きっと俺を睨んだのだ。
 すぐにその表情は消えた。おだやかな、優しい顔で天秤は言った。
「きみは変わってるね。きみを殺そうとした男たちを、なぜ気づかうんだい」
「そうじゃねえ。俺が大事なのはこいつらじゃねえ。あんただ」
 天秤は、ちょっと驚いたみたいだった。
「……それは嬉しいな。だったらもっと、僕の判断を信用してくれ」
 あっさりした口調で言いながら天秤は、俺の荷物を開けていた。シャツを取り出して着込みだす。
「この二人はね、今ぼくが彼らにしたような事を、何人もの人間に対してやってきたんだ。そしてその行為が今後は、僕らの家族に対してもなされる。そんなことになるくらいだったら、僕は何度でもこいつらを、こうする。何度でも」
「昔の仲間でもか?」
「昔の仲間だからこそさ。僕は今の仲間を気に入っている。今の生活がとても好きだ。昔のことなんか、思い出したくもなくなるくらいに」
 矛盾していると思う。
 だから俺は、思ったままのことを言った。
「嫌なことを、無理にやるこたねーだろ」
「……」
「嫌だったから川田ん所を抜けてきたんだろ。嫌ならもうやるなよ。あんた本当は優しいんだから、向いてないことするなよ」
 天秤は服を着おえて、しばらく黙っていた。
 それから、ふいに俺を抱きしめてきた。
 天秤の動きはそつがなく、手の動きは優しかった。続いて聞こえてきた声も、本当に優しかった。
「優しいのはきみだ。きみが家族になってくれてよかった。本当に」
 天秤の声は震えている。その震えを隠すために、天秤は俺を抱き続けた。
 俺は天秤を抱き返した。天秤とはぜんぜん違う、強い力で。

 ※※※

 家に帰りついたとき、双子は驚いていた。天秤を見てこう言った。
「おまえ、どういう心境の変化だよ」
 俺のために買われた、動きやすくて、シンプルで、気軽なかんじの服を、天秤が着ていたからだ。
 天秤は、いかにも楽しげな様子を、完ぺきにこしらえていた。
「牡羊が選んでくれた服だよ。似合うかな」
「そうだな。俺、まえのイメージの方が好きかな」
 似合わねぇ、と、素直に言わないのが双子らしい。
 天秤は今度は、がっかりした様子を、完ぺきにこしらえていた。
「ちょっと冒険しすぎたかもしれないなあ。着替えてくるよ」
「似合わないことはないんだぜ? けどイメージがさ」
「うん。これは牡羊にあげることにする。またあとで」
 完ぺきな嘘をこしらえあげて、天秤は部屋に戻って行った。
 俺も眠かったので、さっさと部屋に戻ろうとした。
 そのとき、二階から水瓶が降りてきたのだ。
 水瓶は手に新聞を持っていた。それを俺に向かって突き出してくる。
「読め」
 今日の事件が記事にでもなってるのかと思った。あわてて新聞をひらいて読み上げる。
「えーっと、ゾディアック社にインサイダー疑惑……」
「ちがう。日付だ。日付を読め」
 日付くらい覚えてるんだが、俺は素直に読んだ。
 水瓶は深く頷き、ひとりで納得していた。
「間違いない。今日だ。今日が記念日なんだ」
 俺は脳みそと口のあいだにモノが挟まったような気分になり、うまく喋れなかった。
 かわりに双子がつっこんだ。
「水瓶。あんたは賢いくせに馬鹿だから、ちゃんと順番に説明する癖をつけなきゃ駄目だぜ」
「失礼な。僕は馬鹿じゃない馬鹿にするな」
「今日がどうかしたのか?」
「むかし、未来の天秤に聞いたんだ。今日は記念日だと。牡羊のことで決断をした最初の日だと彼は言っていた」
 むかし、未来、のへんがややこしくて、理解するのに時間がかかった。
 つっこむのは、やっぱり双子のほうが早かった。
「えーと、あんたはむかし、タイムワープをして未来に行って、今よりも未来の天秤に会ったんだな?」
「だからそう言ってるじゃないか」
「で、今より未来の天秤は、今日のこの日を、記念日だと言っていたと」
「ああ。そこで牡羊に聞きたい。今日いったい何があったんだ?」
 この家族の欠点は、ありとあらゆる嘘が通じないところだと思う。
 せっかく天秤がこしらえた完ぺきな嘘を、俺はことごとくバラした。
 話し終えると、双子が唸った。
「あーあ、三角にレチクル。馬鹿なやつらだ」
「天秤って本当に殺し屋なのか?」
「今はモデルやってる筈だ。ヌードもやるし、手とか足とかのパーツも売るし、たまには顔出しのモデルもやる」
「肉体労働とか言ってたけど」
「肉体労働だろ。美術モデルなんて大変らしいぞ。ずーっとずーっと同じ姿勢を保ち続けるんだ」
「ええと、空気椅子っぽいかんじで大変なのか」
「そ。空気椅子っぽいかんじで大変なんだけど、あいつの能力は、自分の体重を無意味化できるからな。壁抜けするときに、やつに質量なんて無ぇだろうし」
「無限に空気椅子ができるんだな」
「そうそう。そういうわけで、天秤の能力はモデルに向いてる。けど暗殺にも向いてる。それが天秤の悲劇だったってわけだ」
 それから双子は少しだけ、天秤の過去を語ってくれた。
 天秤は、望むものを、なんでも手に入れることが出来た。知りたいことを、なんでも知ることが出来た。
 戦ったら完ぺきに自分の身を守ることができて、相手がどこに逃げようが、完ぺきに追い詰めることが出来た。
 そういう能力を持っていたので、グループでも重宝されていた。
 そして天秤のほうも、グループの成長に尽くしていた。資金を手に入れ、邪魔者を殺し、能力者の居場所を探し出して。
 そのころの天秤は、冷たくて、残酷で、ちょっと近寄りがたい雰囲気のやつだったのだという。
 双子はむかしの天秤について、こう結論づけた。
「なんでもできる天秤だった。だから天秤は空っぽだった」
「そんなやつには見えねえけど」
「今の天秤はな。空っぽどころか、すげー幸せそうだろ? 俺も今の天秤は好きだよ」
 水瓶がまた、なにかを納得したように頷いていた。
 俺は水瓶に尋ねた。
「それでさ。今日、俺のことで、天秤はなにを決断したんだ」
「それは……言えない」
「なんでだよ! 気になるだろ!」
「未来は不確定なものなんだ。それを言ったら変わってしまうし、僕はなるべく歴史に干渉したくない」
 こいつに理屈をこねられると、俺はなにも言えなくなる。
 双子はやっぱり素早くなにかを悟ったようで、俺の頭をくしゃくしゃに撫でてきた。
「要するに、おまえ、天秤に気に入られたんだよ。愛されてんの」
「好かれるようなこと言ってねーぞ今日の俺は。グサっと言っちまった」
「グサっと言っちまったのは敵のせいだろ。最近は、おまえばっか危険な目にあわせてるな。悪いな」
「それはいいんだよ。けどさ」
「良くねーって。これからはもう、そんな目にはあわせねえから。大丈夫だから」
 言いながら双子は俺のあたまをグシャグシャにする。
 水瓶と目が合った。水瓶は、なんか変な目で双子を見ていた。
 そのときの俺には、水瓶がそんな目をしたことの意味が、まだわかっていなかった。