乙女は俺に聞いた。
「いいんだな?」
俺は頷いた。
それで結論が出たので、俺は乙女と一緒に、俺の暮らしていた施設に戻ったのだった。
乙女は眼鏡をかけた、頭の良さそうな、神経質そうな、なんかとっつきにくい感じのやつだった。
その乙女がつくったストーリーはこうだ。乙女は寮母のおばちゃんにこう言った。
「電話で申し上げたとおり、橋への落雷の衝撃で、牡羊くんは川に落ちたようです。幸いすぐに、私どもの仲間が彼を発見しました。それで病院に連れ帰り、手当てをしておりました」
これが、俺が今まで帰ってこなかった理由。嘘だけど。
そして次が、俺がもう、二度とここに帰ってこない理由だ。乙女のつくった物語の続き。
「病院での検査の結果、牡羊くんの脳には特殊な障害があることが判明しました。このままでは普通の生活もままならなくなります。入院をお勧めします。幸い、うちはこの症例の専門病院です」
この「障害」を「能力」と言いかえれば。「病院」を「能力者たちの家」と言い換えれば。あながち嘘ではない。だけど本当のことでもない。
蟹がまえに言ってた「家族になるかもしれない」ってのは、こういうことだったんだ。
俺は部屋に戻って、自分の荷物をまとめた。カバン一個にまとまった。友達にさよならを言った。
寂しかった。
学校には通えるから、住む家が変わるだけなんだが、それでも寂しかった。
この、施設を去ろうとする俺の目の前で、青くなっているおばちゃんは、俺の母さんだったわけだし。
厳しい顔をしつつ乙女に頭を下げている寮夫のおっちゃんは、俺の父さんだったわけだし。
本当の理由を言えないことがつらい。嘘はきらいだ。
駐車場までの道を歩きながら、俺は言った。
「あんた、嘘、うまいな」
乙女は太陽光に眼鏡を光らせながら、じろっと俺を見下ろした。
「今さら後悔か?」
「いいや。ただ、あんたのその嘘の上手さが、あんたの能力なのかなあって思って」
「ぜんぜん違う」
「じゃあ、なんだよ」
「そのうちわかる」
なんで隠すんだ。
駐車場までは遠かった。田舎なんだから、車ならそこらへんの空き地にでも停めればいいのに、乙女は頑としてそれを嫌がったのだ。どーも頑固なひとらしい。
やっと車が見えてきた。ほっとした。
そのときだった。なにか、乾いた音が響いたのだ。爆竹の音に似ていた。
乙女のからだがぐらっと揺れた。その肩に、赤い染みがついていた。
どんどんと広がる赤い染みを見ながら俺は、なにが起こったのかわからなくて、ただ呆然としていた。
乙女が無事なほうの腕で、俺を突き倒した。俺たちふたりは車の影に倒れこんだ。
また、あの音が鳴った。車のガラスが割れた。
「鉄砲?」
思わずつぶやいたら、乙女が答えた。
「敵だ」
「敵ってなんだよ。きのう双子も言ってたけど」
「説明している暇は無い。……聞け牡羊。俺は攻撃の能力を持たない。敵の物理的な攻撃には対処できないんだ」
「どーすんだよ!」
「どうにかするしかないだろう」
苦しそうな声だ。あたりまえだ。肩を撃たれたんだから。
「大丈夫かあんた」
「大丈夫なわけがない。分かりきったことを聞くな」
「どうすればいいのか言えよ! 早く!」
「今から俺は力を使う。俺の言葉が利用できそうなら利用しろ。無理なら俺の携帯を使って仲間に連絡を取れ。あと俺に制限が起きたら……、無視してくれ」
言いながら乙女は眼鏡を外した。苦痛に濡れたような、妙に色っぽい瞳が俺を見た。
そしてその瞳のまま、乙女は黙った。
俺がなにかを問おうとする直前、乙女は、語りだした。
「指と、引き金。ああ近すぎるな。……金色の、銃。綺麗な装飾だ。宝石が埋め込まれている。……長い腕。黒い上着。学生服かこれは?……学生服を着た男が、腕に銃を持っている。銃を持って、空を背景に立っている……」
「それ、敵のことか?」
「看板。看板がある。ぎらぎらとしたネオンが光っている。……ネオンサインの横に男。空の見える屋上のような場所に、男が立って、銃を握っている……」
これが乙女の能力か。なんかこう、距離を変えつつ、ばちっと何かが見られる力、というのか。
俺は車の周囲を見渡した。このへんはもう駅に近いから、建物は色々と立っている。
しかしネオンサインのある建物なんて無い。あたりまえだ。まだ昼なんだからネオンの必要が無いのだ。
待て待て待て。俺はこのへんには詳しい。あるだろ、そういった建物。
また銃が鳴る。思考が乱れる。ちくしょう考えろ。なんで見えない? ネオンサインのある建物が……
見えないってことは、目に見えるところには無いってことだ。
ということは、見えないところにある。俺の背中。車の反対側はたしか、パチンコ屋の壁。
「わかったぜ乙女。待ってろ、倒してくる」
「ああ。行け」
俺は息を吸い、吐いた。
次の銃声が鳴るのを待ってから、走り出した。
パチンコ屋に飛び込む。年齢がアウトだが仕方がねー。
通路を走る。客の積んでいる箱のいっこに蹴つまづいて転んだ。ざらざら飛び散るパチンコ玉。邪魔だよクソ! 俺は店員の一人の胸蔵つかまえて屋上への道を聞く。返事を聞くと同時に裏口へダッシュ。出口のそばに非常階段。駆け上がる。駆け上がる。屋上にたどり着く。
空の見える屋上の、ネオンサインの横に、男が立って、銃を握っていた。
俺はふと考え込む。どうやって倒すんだ。なにを持ち上げて、どうぶつければいい?
男が俺に気づく。金色の銃が光って目を刺す。
俺はまた考える。俺が、なにかを持ち上げてぶつけても、あいつが放つ弾丸のほうが早いんじゃないか?
男が片手で宙をつかむような仕草をした。その手を開くと、きらきらと何かがきらめいた。
その、きらめくものを、男は銃にこめていった。ああ、新しい弾丸だ。
俺は考えた。あのネオンを引き剥がしてぶつけてやろうかとか、鉄柵ひん曲げて刺してやろうかとか。
ぜってぇ銃のほうが早い。
男が銃を俺に向けた。
俺は、考えるのをやめた。だって考えたってわかんねー!
ってことで、正面から行く。
銃声が鳴る。俺は歩き始める。歩き始めた俺の鼻先に、弾丸が静止している。
また銃声が鳴る。俺は歩く。弾丸は俺の胸の前で静止させたが、完全には止めそこねた。先がちょっと刺さってる。痛い。
今度は連続で銃声。せっかちなやつだ。俺は俺の腹や、ひたいや、のどのあたりで弾丸を停止させる。
よし、いける。俺は走り出した。相手にたどり着くと同時に拳を繰り出す。
相手は殴られながら、俺を蹴った。
ぶっ飛ばされた。強い。こいつ強い。
体勢を立て直して顔をあげると同時に、こめかみに何かが押し付けられた。
ぞっとした。身をすくませながらも、その銃口に対して、俺は念じた。上がれ、と。
急に構えをくずされた相手が、焦っているのが見えた。
相手が片手を跳ね上げて、ガラあきにしている胴体を、俺は殴った。力いっぱい。
※※※
力をピンポイントで使っていったのが良かったんだと思う。
相手のみぞおちに思い切り頭突きをかまして、俺が疲労に負ける前に、敵を気絶させることができた。
それと同時に、たぶん乙女に携帯で呼ばれたらしい射手が来て、俺とそいつを連れて帰ってくれた。
俺たちは「家」に帰った。そうしてロビーで再会した乙女は、やけに弱弱しい様子になっていた。
傷が痛いんだろうか? 心配して声をかけると乙女は言った。
「おまえが、やられたに違いないと思っていた。死んだに違いないと。俺はおまえをみすみす死なせたと」
なんでだよ。俺を勝たせる自信があったから、俺を送り出したんじゃねーの?
しかし問いを発する前に、魚と蠍が、乙女を部屋に連れて行った。なぜか慌ててたみたいだった。
でもって双子が、連れ帰った敵を縛ってた。目隠しもして、口もふさいで、耳当てまでつけてる。
警戒するのも当然だ。この、敵のやつの能力が、よくわからないんだよな。
じろじろ見ているうちに、ふと思い出して言った。
「こいつの制服、北高のだよ。有名な進学校だ」
双子が顔をあげた。
「エリート様かよ。の割には、ごついやつだな」
「うん。すげえチカラが強かった。能力じゃなくて、筋肉的な意味で」
「馬鹿力が能力なのか?」
「違うと思うなあ。あと、力はつえーけど、喧嘩慣れしてるカンジじゃなかったよ」
でなきゃ正直、勝てなかったと思う。俺だってボコボコに殴られて顔じゅう痣だらけだし。
天秤が車椅子を持って来た。足を麻痺させた射手のためだろう。
そして獅子が、嫌がる射手を車椅子まで運んでた。――なんだかんだでこの家の連中は、結束力が強い。
水瓶は蟹と話し合っていた。ていうか、怒ってる蟹を水瓶が押さえてる感じだった。
蟹はおっそろしい顔をしていた。
「大切な家族を傷つけたやつを、僕は許すことはできない」
情が深いやつ。それが蟹。
水瓶は、ふーっと息をついた。
「その意見も納得はできるんだが、こういうことは多数決で決めるのがうちのルールだろう」
「だったらさっさと決めよう」
「今は無理だ。全員そろってないから。夜になると山羊が帰ってくる。それからだな」
つまり、処刑するかどうか、で、揉めてるのか?
マジか? 殺されかけたのは本当だが、こっちも殺ったりするのか?
そもそも、敵ってなんなんだ。
混乱する俺に、天秤が目をあわせてきた。落ち着いた目だ。場違いなほどに。
「きみも疲れてるね。制限も少しは出てるんだろう。休んだら?」
それが良いかもしれない。俺はこの雰囲気についていけない。
自分の部屋に戻り、ベッドにダイブした。
頭の中は興奮してるのに、体は疲れきっていたので、眠りに落ちるのは早かったが、へんな夢をいっぱい見た。
で、真夜中に叩き起こされて、俺は目をこすりながらロビーに下りたのだった。ねみー。
ロビーではまた、新しい出会いがあった。山羊ってやつが帰ってきてた。いままで仕事で出張してたんだそうだ。
山羊は、年下の俺に丁寧に頭を下げたあと、獅子に向かって言った。
「戦った相手を、生かして連れ帰るとは。珍しい」
獅子は、眉をしかめた。
「牡羊のことか? 能力に目覚めてもらうためにハッタリをかましただけだ。本気の戦いじゃなかった」
「いや、この、敵らしき男のことだが」
「俺が戦ったんじゃないからな。俺ならそんな甘いことはしない。戦ったのは牡羊だ」
山羊は驚いたように俺を見て、なぜか少し微笑んだ。
すぐに笑みを消して、今度は視線を、ロビーの中央にもどす。
「それで、彼をどうする」
ぐるぐるに縛られて椅子に座らされているのは、俺と戦った男だ。
耳と口は自由にしてもらってたが、目隠しはあいかわらずしてて、いかにも「捕虜です」ってカンジになってた。
魚が困ったような顔をしつつ説明した。
「さっきから色々と聞いてるんだけどね。なにも答えてくれないんだよ。名前も教えてくれない」
俺はなんとなく、捕虜が気の毒になってきた。
ここの連中の力をフルで使えば、こいつの口を割らせるのは簡単なわけだから。無駄な抵抗なんだよな。
みんな俺と同じことを考えていたらしく、お互いの顔をきょろきょろと見合ってた。
まず、双子が片手をあげた。
「俺は無理っしょ。ゲロ吐かせられる力じゃねーし。パス」
次に天秤も手をあげた。
「おなじく。説得ならいくらでもするけど、彼は頑固そうだから、時間がかかりそうな気がするよ」
射手も手をあげた。
「脅せる。だけどいやだ。パス」
獅子も手をあげる。
「お優しい手段なんぞ持っていない。パスだ」
あと、俺も脅しになっちまう。魚はもとからそういう力じゃない。水瓶の力はリスクがでかすぎて、こういうことには向かない。
ってことは、蠍か、乙女か、蟹? ……俺はまだ蟹の力を教えてもらってない。
しかし予想とは違い、山羊が動いた。
「図々しいようだが、俺が適任だと思う。俺がやる」
誰も反対しないってことは、それでいいんだろう。
山羊は手袋をしてたんだが、それを脱いだ。彼は素手をいちど見つめたあと、指先を捕虜に近づけ、肩に触れた。
どういう力なのか。俺は固唾を飲んで見守った。
山羊は黙っていた。ずっとずっと黙って、とつぜん身をすくめた。
「……誰かが殺されている」
映像が見えるのか。乙女の力と似たようなものか?
山羊はまた黙って、それから言葉を続けた。
「血の海だ。大きな家の玄関に、中年男性が倒れている。腹部から血を吹き出していて、あきらかに死んでいる。この彼が今「おやじ」とつぶやいた。彼は走る。家の廊下を走ってあちこちの扉を開いている。誰も居ないのを確認してから2階に移動した。またひとつのドアを開いた。その部屋に二人の人物の姿を確認。男と女。男は若い。女は中年女性。彼は、中年女性に対して、おふくろと叫んでいる。女はぐったりしていて反応しない。若い男が彼に言う。おまえの能力を知っている。今すぐその力を利用して、とある人物を殺してこい。でなければこの女の命は無い」
つまり山羊は、この男の体験した、過去の出来事を読んでいるのだ。
俺は思わず言った。
「脅されてんじゃねーか!」
「ああ。彼も、この脅しに逆らうことはできないと判断している。そして自分の能力を思い返している。なにかを取り寄せる力のようだ。食事や、美術品や、楽器を」
へんな力だな。じゃあ、あの綺麗な銃は美術品になるのか。弾も。
山羊が俺に目を向けた。
「彼はいま、その男から、乙女に関する説明を受けている。きみの話は出てないな」
「じゃあ、こいつの狙いは乙女で、俺はあのとき、たまたまそばに居ただけか」
「あと彼の心が苦悩に満ちていることも言っておく。このへんで良いだろう」
一方的に言い切って、山羊は手をあげた。
その手を体のわきにだらりと垂らして、山羊はそのまま、動かなくなった。
すかさず蟹が椅子を持ってきて、山羊を座らせていた。まめな男だ、蟹って。
俺はボーっとしちまった山羊を見ながら、これが山羊の制限なんだなって気づいていた。腑抜けになっちまうらしい。
けど、すごい能力だ。使われた相手は、その時点でプライバシーをゼロにされる。
険しい顔をした乙女が、俺の横に寄ってきた。
「礼を言う。おまえのおかげで助かった」
しゃきっとした口調。あの寝る前に見たヨレヨレの感じはどこに行ったんだ。
「いいよ、ンなの」
「礼のついでに聞くが、おまえ、なんでこいつを直接持ち上げて、屋上から落とさなかったんだ? 俺はあのとき、おまえがそうするに違いないと踏んで、おまえを送り出したんだが」
俺は黙った。そのあと、大声を出した。
「その手があったか!」
「弾丸のすべてを停止させて、正面から殴りに行ったそうだな」
「うん」
「馬鹿にも程がある」
返す言葉もねえ。
みんなの哀れみに満ちた視線の中で、ゆいいつ暖かかったのが射手の視線だった。
射手は言った。
「面白いなぁおまえ」
なにがだ。なにが。
射手は面白がる目をしたまま、ひょいっと顔を捕虜のほうに向けた。
「おまえを自由にしたら、乙女を殺すか?」
ぞっとするほどストレートな質問だ。
しかしそいつは黙るかわりに、初めて言葉を発した。
「あたりまえだろう」
「おまえ名前は」
「牡牛」
「俺ら、おまえをどうすればいいんだろ」
「殺せばいいんじゃないか?」
ぎょっとするほどストレートな答え。
牡牛は低い声で、淡々と言葉を続けた。
「乙女というやつを殺さなければ、俺の母親が死ぬ。俺を殺さなければ、乙女というやつが死ぬ。誰かが死ななきゃならん。俺はもう決めてある。あんたらはあんたらで選べばいいだろう」
ごくごく単純な図を描いてみせやがった。単純で頑丈な図。壊すのが難しいほど、しっかりと出来てる。
水瓶が唸った。
「歴史に干渉するのは主義に反するが、すべてをひっくり返すことは出来る」
そりゃそうだ。水瓶の力は最弱で最強だ。あらかじめ牡牛の親に警告しに行って、歴史を変えちまえばいいんだ。
蠍が言った。
「乙女を守ることだけなら出来る。この牡牛に、乙女を忘れてもらえばいい」
ああ、催眠で、乙女に関する記憶を消しちまうのか。その手もあるか。
みなが考え込んでいる中、とつぜん蟹が動いた。
つかつかと牡牛に歩み寄り、彼の目隠しを奪い取る。そして牡牛のあごを支えて、目をじっと覗き込んだ。
蟹は怒っているらしい。しかし続いて聞こえてきた蟹の声は、おだやかだった。
低く、淡々と、ゆっくりとした調子で、蟹は牡牛に語りかける。
「嘘だ。おまえは嘘を言っている」
同じく低く、淡々と、ゆっくりとした調子で牡牛は答える。
「嘘は言っていない」
「それも嘘だ。……なぜ分かるんだ、だと? これが俺の能力だからだ」
牡牛が動揺していた。
「……よせ」
「俺には分かる。おまえは悲しんでいる。なぜだ」
「……っ」
「なるほど。父は死んだし、母ももうおそらく、死んでいる」
「……」
「人にものを依頼しておいて、見張りをつけない筈が無いからだ。失敗した時点で駄目なんだ。……なるほど」
やめてくれと牡牛は言った。叫ぶのではなく、やっぱり低く、淡々と、ゆっくりとしたかすれ声で。
蟹はしかし、残酷だった。いつもの優しさも、怒ったときの感情的なかんじも、他人に対する繊細な心配りも、まったく感じられない、ゆっくりとした、丁寧な調子で蟹は語り続けた。
「今さら乙女を殺しても無駄だと、おまえは思っている。……おまえは今、自分を責めている。……おまえに能力があるから、こんなことが起こったのだと考えている。……殺されたほうがマシだと考えている」
「ああ、考えている。しかし」
「なにをどう考えたところで、事実は変わらない」
「俺のこの、鈍い頭でもそれはわかる」
「おまえのそばで、二人の人間が死に、おまえは二人を殺しかけ」
「俺だけが生きている」
「おまえは途方にくれている」
牡牛の体からいましめのロープが落ちた。双子が切ったのだ。
たしかにそれは、もう必要ないだろう。
牡牛は両手をもちあげ、手のひらをじっと見ると、その手で頭をかかえて、ゆっくりと背中を丸めていった。
そして牡牛の目の前で、蟹が、牡牛と同じように、頭をかかえて背中を丸めていった。
俺はといえば、双子の予知能力がなくても分かる、確定した未来に思いをめぐらせていた。
牡牛は、蟹の言うところの、「家族」になるんだろう。
俺といっしょに、俺がまだよく知りもしない「家族の敵」と戦うことになるんだろう。