星座で801ログ保管庫出張所

地球最後の…76

 その次の日の朝から、双子の態度はあっさりと変わった。彼はレコーダー片手に歩き回り、展望台の住人のそれぞれを捕まえては親しげに話しかけ、雑談を交わし、ついでに車に引き込み、それまでの出来事を話させて録音した。そして注射器で相手の血液を抜いて、なにかの検査をしていた。
 それが仕事なのだという。小さなパソコンに文章を打ち込みながら、双子はこう説明した。
「感染と発病は別だからな。この微生物は感染力が強くて、世界中であっという間に広がった。今げんざい感染していない人間は居ないと考えていい。にもかかわらず、発病するしないにはムラがある。感染しているにもかかわらず、まともな状態で過ごしている俺や獅子、おまえや天秤や山羊は、他の連中とどう違うのか。それを調べるための材料集めが俺らの仕事だった。だからまともな人間を探して旅をしていたんだ」
 牡牛は双子を労った。
「たいへんだったな」
「と、思ってたけど。ここのやつらの経験も凄ぇな。ドラマてんこもりだ。でもって、はっきり言って、牡牛の話がいちばんヒマだった」
「畑を作るのも大変なんだぞ」
「皆がアクションやらアドベンチャーやらRPGなのに、おまえだけが経営シミュレーションってかんじだよ。牡羊や射手の悲惨さを見習えよ」
「牡羊と射手は、腐ったの……というか、ゾンビというか、異型とは違うのか?」
「俺らはあの状態を白化と呼んでて、話には聞いたことがあるんだが、実物を見たのはあいつらが初めてだ。あれも微生物の感染による発病状態であることには違いないんだが、非常に安定した状態でもある……って水瓶が言ってた。俺にはよくわからない」
「水瓶」
「あいつは調べごとのほうの仕事を受け持ってて、今は船に乗ってるんだ。もうすぐ船が港に着くから、おまえ、なんなら一緒に会いに行くか?」
「船?」
「ああ船だ。それがどうかしたか?」
 蠍も船に乗っているのだ。もしかして、同じ船なのだろうか。
「水瓶はここに来てくれるかな」
「どうだろう。俺らは水瓶に調べてきたことを報告して、資料を渡せばそれでいったん仕事納めなんだ。あとは好きにしていいらしいから、俺は獅子といっしょに旅ができればいいと思ってた。いや牡牛ボケたことはもう言うな。そういうのじゃねーから。だから水瓶は、受け取った資料を調べるっていう仕事が残ってるんだ。少なくとも、それが終わるまでは来れねえと思うぜ」
「獅子はどうする気なんだろう」
「水瓶のところに残りたいんじゃないかな。だからボケたことを言うなよ? ていうか本人に直接聞けよ」
「そうする。俺は三人とも欲しい」
「ボケたことを言うなって。……言ってねえか普通だった今のは」
 そして獅子のほうは、展望台の仕事を手伝ってくれていた。それだけではなく、自分の持っていたものを気前良く提供してくれた。テント、船舶用の救難食料、武器弾薬、そういったものを出すだけではなく、使い方も教えてくれて、また自らも使用した。夜間に平気で外出しては、ケモノを仕留めてきたのだ。
 鹿の子供をさばきながら、獅子は牡牛に自慢した。
「もっと大きいやつを仕留めたことがあるんだ。近くの集団にくれてやったら、そこは食糧不足だったらしくて、やけに喜んでいた」
「牡羊もアナグマを取ってきてた。しばらく肉には困らない」
「何匹だ?」
「二匹」
「ふん。まあまあだな」
 どうも牡羊と、獲物の数や大きさを競っているらしかった。
 牡牛は獅子に尋ねてみた。仕事を終えたらここに来て、一緒に住まないかと。
 すると獅子は意外なことに、あっさりと了承したのだ。
「魚は殺してやるべきだとは思うが、それ以外はまあ納得してやる。ただし時間はかかる。水瓶が仕事を終えるのを待ってやって、それからあいつも連れて来る。当然、双子も一緒だ。かまわないだろう?」
「かまわない。乙女と蟹には慣れたか」
「考えてみれば可哀想なやつらだと思ってな。それにどのみち、俺もいつかの冬にはああなるんだし、あいつらだけを避ける理由がない。ただ……」
「ただ?」
「俺はおまえと同じ判断をして、それが原因で地獄に落ちたやつを沢山知ってるんだ。人として、異型化した家族や恋人、友人知人をかばい、そのかばった相手に殺されるってのは、本当によくあるパターンだった。昨日まで助け合ったり、好きだ愛してると言い合ってた当の相手に、次の日に食い殺される。そういう事件に沢山ぶち当たってきた」
「まあ、多い話ではあるんだろうな」
「多い。だから違和感はある。この違和感はしばらく消えん」
「仲良くしてくれるんならべつにいい。あと、獅子と水瓶ってつきあってるのか?」
 獅子は、きょとんとした。妙に可愛らしい表情だった。
「いや。なぜだ? そんなことを言った覚えは無いと思うが」
「双子が、獅子と水瓶が寝てるところを見たって言ってた」
 獅子はそこで初めて動揺を見せていた。剥がしていた毛皮を、ざっくりとナイフで切ってしまったのだ。
 それから獅子は手元を見て、舌打ちすると、獲物から手を離して、バケツの水に手をつけた。
「血で滑った。……本当の話かそれは」
「うん。双子が拗ねてた」
「あれは……。あれは、俺にもよくわからないんだ。夢なのか現実なのか」
 牡牛は、眉をひそめた。
「なにか誤魔化そうとしてるのか?」
「ちがう。水瓶は人間の感覚を、プログラムの中で再現する研究をしていた。それによって人間は永遠に生きられるんだと言っていた」
「なんかのSF映画で見たことがある」
「俺はなにかの機械につながれて、夢……でもないんだろうが、夢みたいな世界で女と会った。だがそれは水瓶だった。俺は気づいてなかったんだ。そしてたぶん双子はそれを、別の機械から覗いたんだろう。あいつはそういうのが得意だから……」
「仮想の世界で、水瓶が女に化けてたのか?」
「そうなるのか。それで、ああいうことになった。よくわからん。あれで告白だって言われても困るんだがな。あいつは俺に惚れてるのか?」
「そんなの俺にも分からない。本人に会って話してみないと」
「じゃあ来い。はっきりさせてくれ。スッキリしなくてイラつくんだ」
「みんなと相談してから決める」
「寝たことは言うなよ」
「言わない」
 そんなわけで、牡牛にとっては、様々な情報がいっきに統合されていく日々だった。知らなかったことを知ると、分からなかったことが分かり、それでも不明な点は別の者が教えてくれる。
 その日の夜、牡牛は展望台で食事を取りながら、皆に蠍の罪を明かした。