星座で801ログ保管庫出張所

地球最後の…73

 人が死ぬ理由は多すぎた。腐って死ぬ、腐ったものに食われて死ぬ、その他の病気や事故で死ぬ、人に殺されて死ぬ。牡牛がかつて恐れていたのは、飢餓に苦しみ、暑さ寒さに痛めつけられ、一人ぼっちで死ぬことだった。しかし今は、そういった漠然とした不安というか、その確率を下げるために必死だった気持ちというかを、忘れることは出来ないものの、忘れたふりをすることが容易になっていた。
 最悪の死を恐れずに済んでいる今、別の死への恐怖感が麻痺しているのは、他の面々も同じで、たとえば乙女は、獅子の語った人類の運命について、こう言った。
「自分の寿命がわかって良かった。冬の中ごろだな」
 そして蟹も言った。
「来年からは迷惑をかけるね、牡牛」
 乙女も蟹も、人間としての知性が滅ぼされることはほぼ確実だった。だが、そうでない山羊と天秤は、また別の感想を持っていた。
 山羊はいつまでたっても、教えられた運命に対して、ピンとこない様子だった。
「自分の日記が小説みたいだ。そしてまた俺は、小説みたいな最後をむかえるのか」
 天秤は山羊の言葉を、やんわりと否定した。
「そうとは限らないよ。魚みたいになるのか、それとも乙女や蟹みたいになるのか。それは僕らにはわからない」
「どっちにしろ俺は、どんな形になったところで、それを理解できないんだろう」
「やけになるかい?」
「いや。俺はなるべく、いつ変わっても悔いの無いように生きる」
「じゃ、僕のことを手帳に書いておいて。山羊より前に、僕が頭の中までゾンビになったら、山羊が僕に止めを刺すこと、って」
 牡牛の立場は天秤や山羊と同じだった。だから乙女に頼まれている『仕事』を終えたあと、もしも自分の人としての知性が変化した場合は、自分の処理をこの二人に任せることにした。魚のように、腹を減らすたびに、同じものしか食べられない存在になるのは嫌だったからだ。
 ただ射手と牡羊については、牡牛にはよくわからなかった。彼らは言葉を使わずに会話をすることができるので、そのことに関する意見交換も、無言で済ませているようなのだ。牡牛は何となく、彼らは腐ったり狂ったりしないのではないか、と思っていた。だから自分からそのことについて、彼らに尋ねることもしなかった。
 そんな展望台の住人たちを、双子はこう評した。
「仙人か馬鹿かの、どっちかだな。そうでなけりゃ、悟ってるか、なにも分かってないかのどっちかだ。それ以外の言い方をするなら、狂ってるか、もっと狂ってるかのどっちかだ」
 牡牛は、双子は怒っているようだと思った。だからそのまま尋ねた。
「なにを怒ってるんだ」
「怒ってませんよ何も。皆さん脳ミソ平和でうらやましいと思ってるよ。そして俺のしてきた努力はいったい何だったのかなって思ってるよ」
「努力の内容は知らんが、苦労してきたって点では、みんな同じだと思うが」
「質と長さが違うね。俺は、世界がこうなることを、ずっと前から予想してたんだ」
「獅子がちょっと言ってたな。説明してくれ」
「やだな」
 牡牛は、双子は話したがっているな、と思った。双子は言葉によって感情を整理する性格だからだ。なにをひねくれてるのか知らないが、素直に喋ってくれなければ、牡牛は双子の心を手に入れることが出来ない。そして双子が手に入らなければ、獅子も手に入らない。牡牛は二人が欲しかった。
 それと単純に、いつまでたっても車に閉じこもり、展望台に入ってこない双子のことは、心配だった。しかし双子は、強く来いと言ったら、ますます来なくなるような性格の持ち主である。
 困ったもんだと思いながら、その日、牡牛は、朝食を食べる双子の様子を見守っていた。