そうして素直に悩む牡牛を、獅子は珍獣を見る目をして見ていた。
「たとえば、俺に武装解除を命じればいいとは思わないか? 武器を地面において、両手を頭の後ろで組め、応じない場合は去れ、ってかんじでな」
「思わなかった。そんなことを言ったら、獅子がどこかに行ってしまうかもしれないじゃないか」
「そんなことで去るくらいだったら、俺は最初からここに来ないだろう」
言いながら獅子は腕を背中に回し、拳銃を取り出した。牡牛の足元に放ると、からかうような笑みを浮かべつつ、両手を上げた。
「次に俺の体を調べる。それで丸腰を確認できたら、おまえは仲間を呼べばいいんだ。……山羊」
ずっとおとなしくしていた山羊は、慌てて獅子のそばに寄ると、手を獅子に伸ばし、困ったようにその手を引っ込めた。
「どうすればいいんだ?」
「刑事ドラマぐらい見たことがあるだろう」
「あるけど、わからない」
「触ればいいんだ。触れば」
山羊はヤマアラシに触れるような手つきで獅子のからだを調べた。それから牡牛にむかって、「なにも無いみたいだ」と言った。
牡牛は感心しながら、獅子に尋ねた。
「それでもう安全なのか」
「本当は俺を拘束しつつ、武器を俺に向けておくべきだろうな。でも出来ればそれは、俺としては、勘弁して欲しいところだが」
「仲間が言ってた。獅子は友だちを撃つようなやつじゃないって」
「俺と親しいやつが居るのか?」
「うん。だから獅子は彼を撃つべきじゃないと思う。靴の中には何も無いのか?」
獅子は驚いたように目を丸くし、それから笑った。
「ちょっとした武器が仕込んであるが、撃ったりするような代物じゃない。気になるなら出すが」
「いい。獅子を信用する。獅子も俺たちを信用してほしい。双子を呼んでくれ」
獅子は頷き、腕を下ろすと、そこに嵌めていた、大きな腕時計を口元に近づけた。
「聞いていた通りだ。どうする双子」
すると腕時計が鳴った。
『馬鹿だねー盗聴バラしちゃって。大声で呼んでくれれば行ったのに』
「おまえの判断を聞いておこうと思ってな。俺はおまえが来てもいいと思うが、おまえが嫌ならそのまま逃げろ」
『そうだな。ひたすら能天気な集団だってのは間違いないな。よそ者と見れば殺しに来るような、心の病気的な意味では安全なんだろうけど。でも、まともな異型と仲良くしてるってパターンは、意外すぎて、ちょっと判断できない。俺はこのままここで、おまえをサポートし続けた方がいいんじゃないかと思うぜ。つまり、いざというときは狙撃する的な意味でな』
牡牛は急いで立ち上がり、獅子に近寄ると、その腕を取った。顔を腕時計型の無線機らしきものに近づけ、早口で言う。
「双子。俺だ。牡牛だ」
『おお、懐かしい声だわ。久しぶり』
「おまえのメールを読んだ。そしてそのあと、学校に行った。獅子と待ち合わせをしていたそうだが、獅子と合流して逃げたんなら、じゃああの黒板のメッセージは、誰に向けて書いたんだ?」
無線機は沈黙し、やがて語尾を震わせながら、双子の声を鳴らした。
『なんだよそれ。メールを見ただと。学校に……』
「行った。メールを読んで、おまえがまだパソコン室に居るんじゃないかって勘違いした。でも行ってみたら、黒板のメッセージしか無かった」
『……アホだろ』
「ああアホだ。だがそれよりも、黒板のメッセージは誰に向けて書いたのか教えてくれ。そいつとは合流できたのか」
無線機はまた沈黙した。
そしてしばらくして、双子のものではない声が響いてきた。
『へえ。スパイみたいだな。どう見ても腕時計に見える』
牡羊の声だった。牡牛が彼の名を呼ぶと、牡羊の声は得意げな口調で答えた。
『もうめんどくせえから、双子捕まえたから。そっちに強制連行するぜ。直接聞け』
「そうなのか。じゃあそうしよう」
『射手もそばにいる。乙女と蟹もな。魚が腹減ったって騒いでるよ。こらこら、双子は食い物じゃねえよ』
そして五秒ほどの沈黙が続いたのち、牡牛の真うしろに、牡羊が着地した。彼は片腕に双子を抱き、片腕に小銃をぶら下げていた。
双子はバンジージャンプの挑戦を終えた高所恐怖症者のような表情だったし、獅子も絶句していたので、牡牛は牡羊のことを説明してやることにした。
「これが牡羊。白くて、場合によっては頭が悪くなるけど、今は普通にしてる」
次に牡羊の横に、射手が降りた。彼は獅子を見るなり、嬉しそうに抱きついていた。
「獅子だ! 本物だ!」
牡牛はまた説明した。
「それは射手。白くて、いろんな技が使えるようになったし、いろんなことを知ってる」
またしばらくして、乙女が歩いてきた。彼は獅子と双子を見ると、牡牛に言った。
「なんで死にそうな顔をしてるんだこいつらは」
「びっくりしてるんだ。――獅子、双子。これが乙女だ。体がぼろぼろになってるから、恥ずかしがって包帯で隠してる。でも頭は乙女だ」
そして最後に、魚をリードで引っ張りながら、蟹が帰ってきた。彼は獅子と双子に微笑みかけ、みずから挨拶をした。
「久しぶり。会えて嬉しいけど、君らは喜んでくれてないみたいで、残念だ」
牡牛も説明した。
「蟹。からだをあちこち噛まれてるらしいが、俺は傷を見たことはない。でも顔も頭も普通。で、最後に魚。あのとおり焚き火を嫌がって逃げ出す。俺と山羊と天秤を食べようとして、よくみんなに止められてる。――これで全員だ。ああ上に犬も二匹居るんだ。それで全員だ」
獅子は「眩暈がする」といって、片手でこめかみを押さえていた。
双子は牡羊の腕から身を離すと、そのまま地面にへたりこんでしまった。
「なんだよこれ。なんだよ。牡牛と山羊と天秤だけでも、かなりのアレだっつーのに……」
牡牛は「アレってなんだ」と尋ねた。
尋ねられた双子は、怒ったように言った。
「確率とか、可能性とか、偶然とか、そういうのに決まってんだろ!」
「ああなるほど。じゃあ、幸運、ってのも当てはまるんじゃないか」
双子は目を細め、じっと考え、首を横に振った。
「いや、それはない。運じゃないな。考えてみれば必然なのかもしれない」
「必然?」
「交通手段が存在しないからね。あの学校から逃げ出したおまえらも、学校の付近に留まるしかなかったわけだ。そうなると、再集合する可能性も出てくるわな。おまえと山羊と天秤みたく、まともな状態で生きていれば可能だ。そして異型になってても、乙女や蟹のように、頭がマトモならコミュニケーションも可能だ。そうすると集まれる可能性はさらに高くなる」
牡牛は感心した。最近になって牡牛が手に入れた幸福は、根拠の無い幸運によるものではなかったのだ。ちゃんとした理由と法則によって、彼は彼らを手に入れることが出来たのだ。そのことをこの数秒で、双子には説明できてしまうのだ。
「でも俺は、みんなに会えるまで一年以上を、一人で暮らしてきたんだが。集まれたのは最近だ」
「一年もなにやってたんだおまえ。ああ畑を作ってたのか」
「そう」
「魚は? なんでこいつを仲間にしたんだ」
「色々あったからだ」
「おまえねえ。……まあいい。俺と獅子は今、絶体絶命のピンチだと考えていいのか?」
「そんなことはない。歓迎のパーティーをしてもいいけど。でももう遅いな。寝るか」
天秤が欠伸まじりに「そうだね」と言い、蟹も慌てたように「そうだよ。みんな寝ないと」と言った。
みなが出していた椅子やテーブルを片付けはじめる中、牡牛はスコップを拾い上げて、獅子と双子に言った。
「展望台に泊まってくれ。客用の布団が一組しか無いけど。あと暑いけど」
双子が慌てたように首を左右に振った。
「車で寝るぞ俺は! 嫌だぜこんな魔窟で寝るのは」
獅子も牡牛に言った。
「おまえらを信用しないわけじゃないが、肌に染み付いた警戒心ってのがあってな」
「わかった。じゃあ車を堀のそばにつけておくといい。明日起きたら、朝メシを持って行ってやる」
獅子はまたぽつりと、朝メシ、とつぶやいた。
双子は頭を抱えていた。