星座で801ログ保管庫出張所

地球最後の…70

 射手と、その腕に抱かれて乙女が帰宅したあと、夜の世界の中心は、人間三人が焚いた火になった。炎のそばで、三人は思い思いの行動を取った。牡牛は畑の周囲をうろつき、夜になると土から出てくる根切り虫を、ここぞとばかりにつまみ取って歩いた。山羊はおそろしがって火のそばから離れず、手持ち無沙汰を嫌ったのか、展望台から持ってきた道具で、お茶をわかしていた。天秤は展望台を支える鉄柱の辺りにいて、車椅子から立ったり、座ったりしていた。次に右手を伸ばしたり、曲げたりしていた。明らかにリハビリをしていたので、牡牛も山羊も、ただ見守り続けた。
 やがて彼らは、待ちかねた音を聞いた。銃声よりは馴染み深いが、やはり聞くのは久しぶりで、人工的で、独特で、こんな闇夜に響けば恐ろしく聞こえるような音だった。
 エンジン音は展望台のある丘すそで停止した。山羊は天秤のところに走っていって、車椅子を押した。牡牛も手の土を払い、スコップを持ち上げると、展望台を囲む柵にこしらえた門のところに歩いていった。柵の門をひらくと、堀を越えるための板が渡してあって、牡牛はその前に立った。
 山羊は天秤を牡牛のそばに連れてくると、松明を取りに行った。戻ってきた山羊は手に松明と、飴玉を持っていた。
 三人で飴を味わっていると、足音が近づいてきた。堀の向こう、渡した板の淵に、誰かが立った。
 獅子は、黙ってこちらを見ていた。唇を引き結び、目をすがめ、無防備な立ち姿とは逆に、表情は警戒しきっていた。
 牡牛はあまりの懐かしさに、体がぞくぞくと震えた。駆け寄って抱きしめたい気持ちがわきあがってきたが、そんなことをして撃ち殺されてはたまらないので、ただ言った。
「久しぶり。元気だったか」
 すると獅子は返事もせずに、板に一歩を踏み出した。ぎしっと板が揺れてたわむ。獅子は板がそのまま落ちないのを確かめてから、無造作に足を動かしつつ接近してきた。そして怒ったような顔をして、まず牡牛のからだをかき抱いた。
「馬鹿野郎。なにが久しぶりだ。生きてたか。無事だったのか」
 牡牛は、うんと答えつつ、獅子の感触を感じていた。大柄なこの男の感触は、固く、強く、整髪料かなにかの香りを伴っていた。
 獅子はすぐに牡牛から身を離し、となりに立っていた山羊に向かって、おなじ抱擁を与えていた。
「おまえも無事で良かった。そうならいいと思っていた」
 山羊は、ほっとしたような顔をしつつも、訂正を加えていた。
「あまり無事じゃないんだ実は」
「気にするな」
 無事じゃないことの内容も知らないまま言い切ってから、獅子は車椅子に座った天秤を見た。
「見たところ、無事ではなかったようだが、生きてはいるな」
 そう言われて、天秤は微笑んだ。
「正確な表現だと思うよ」
「触ってもいいのか?」
「あまり強くはしないで。痛いから」
 言いながら天秤は両手をあげて、その内側に獅子の体を招いた。獅子は軽く天秤を抱きしめたあと、牡牛を振り返った。
「三人でぜんぶか?」
 牡牛は首を横に振った。
「もっといる」
「誰だ」
「教えてもいいけど、殺さないって約束してくれ」
 獅子はすっと表情を変えた。また警戒の顔を見せられて、牡牛は思った。これは難しそうだと。
「獅子に地図を届けたやつが言ってたんだけど、獅子はゾンビを狩るのがすごく上手いんだってな」
「……コンクリを落下させたやつも、おまえの仲間なのか」
「うん。で、この展望台に住んでいる仲間の中には、ゾンビも居るんだ。獅子がいくら戦い上手だからといって、仲間を殺されては困るから、それをしないって約束してくれ」
 素早く距離を取った獅子の動きは慣れていたし、またからだの両脇に垂らされた両手の意味もあきらかだった。すぐにでも攻撃できる体勢をととのえたのだ。
「おまえらもか? ここもソドムとゴモラか。俺はたったいま、狂った街の腐った連中をみな殺しにしてきたところだ。また同じことをさせる気か」
 聖書に出てくる有名な都市の名前の意味を、牡牛はよく知らなかった。
「ええと、ホモの人の街が滅ぼされたんだっけ」
 山羊が教えてくれた。
「色々と説があるけど、同性愛って理由は、今はあまり流行りではないらしい。滅ぼされた理由は、性的なものも含めてのモラルの低下とか、もっと単純に、神様に逆らったからとか、あと旅人を大事にしなかったからだという説もある」
 牡牛は胸いっぱいの不満を感じつつ、獅子を見た。
「誰も大事にしないなんて言って無いじゃないか。獅子は大事だ。ただ仲間に乱暴はしないでくれと言ってるだけだ」
 獅子は何かを言いたいのだが、うまく言えないという顔をした。
 天秤が提案した。
「まあとりあえず、山羊の入れてくれたお茶を飲もうか。サポートの双子はどこかに隠れて、ここの様子を伺ってるんだろう。はやく獅子を説得して呼んでもらおう。いつもまでも蚊に食わせておくのは可哀想だ」
 その意見に、牡牛は賛成した。