牡牛は全てを語った。牡羊と魚が、駅の国に捕らわれたこと。山羊が魚とともに、駅の国を脱出したこと。そのあと学校に向かい、その間に魚は狂ったらしいこと。乙女と蟹が、山羊と魚を助けたこと。山羊は一人でこの展望台に来て、そのあとラプンツェルにさらわれたこと。射手とひきかえに帰ってきたこと。
「あとは最近の出来事だ。天秤は駅の国で革命を起こした。しかし失敗して追い詰められ、建物に火を放って自殺を計った。牡羊と射手が連携プレーで助け出したが、ああいう火傷を負ってしまった」
山羊は手帳に細かく文字を書いていた。そしてその文面を見つつ、牡牛に質問をしてくる。
「俺をさらったという、髪の長いラプンツェルだが。そいつの正体はわからないのか?」
「うん……。俺らが知ってるラプンツェルは4人だ。射手と牡羊、髪の長いの、あと多面的意識ってやつがいて、そいつが女王蜂だってのもわかる。そいつは射手や牡羊みたいな白くなったやつの体に、幽霊みたいに乗り移って、動いたり喋ったりできるんだ」
「髪の長いやつだが。なんでそいつは最初から、俺を知っていたんだ」
牡牛は、虚を突かれた。
山羊は深く考える顔をしながら、ゆっくりと語った。
「そいつは……、きっと今の射手みたいに、人の頭の中の情報をいじれるのか? だから射手から記憶を読み取ったのか」
牡牛は射手を見た。
射手は、首を横に振った。
「はずれ。俺がラプンツェルに接触したのは水槽を出てからだろ。俺はそれまで自分がラプンツェルと同じであることも、その能力も知らなかった。だから病気だと思い込んでたんだ」
「それもおかしい」と山羊が言った。
「射手が家に閉じ込められていることを、なんでそいつは知ってたんだ」
牡牛も考えてみたが、混乱しただけだった。
「ええと……、俺を探してたみたいなことを言ってたんだよな。俺のことを調べたときに、ついでに交友関係も調べてあったのかな。だから山羊をさらって俺を脅したり……」
「俺がおまえのところに行ったのは偶然なんだろう? 俺がたまたま乙女に見つけてもらえて、展望台のことを教えてもらえたからだ。もし俺がいなかったら、そいつはどうやっておまえを脅すつもりだったんだ」
「……うーん……」
「つまりもともとそいつは、おまえに射手の救出を頼むつもりだったんだ。俺の居る居ないに関係なく」
牡牛はその、『仕事の依頼』を受けたときの、自分の気持ちを思い出していた。焦り、苛立ち、恐怖して、ひたすら混乱していた。つまり不快だった。だから牡牛はその不快な第一印象を、いまだにぬぐえずにいる。
「なら、普通に頼んでくれれば行ったのに。射手は友だちなんだから」
「その場合、俺はどうなったんだ? 記憶に障害を持つ俺を、展望台に放っておいて、おまえは出かけることが出来たか?」
「……実際、迷ってたな。乙女を探しに行く予定があったから」
「俺は要するに預かられたんだろう、おまえの外出のあいだ」
牡牛は感心した。山羊に与えられている情報の量は少ない。彼が知っているのは、牡牛によって選り分けられた、ごくごく基本の出来事だけだ。しかし山羊はだからこそ、感情や、思い込みといった、余計な要素を取り除いた思考が出来る。
おそらく山羊が正解だ。牡牛は唸った。
「……だがな。俺自身は間違いなく、さらわれようとしてたんだ。射手が反対してくれたおかげで、ここに残れたけど」
「それも、詳しく話してくれ」
牡牛は説明を始めた。ラプンツェルが射手を迎えに来たとき、同時に牡牛も連れて行こうとしていたことを。その時に使われた、わけのわからない用語を。
「よくわからないんだが、あいつは白くて、なんでも有りの力を持ってて、俺や山羊や射手を集めて、どっかで飼うつもりだったんじゃないかと」
「おまえとやってることは同じじゃないか」
「……」
「俺も天秤も射手も、隣りの部屋の魚も牡羊も、出かけてる蟹も乙女も、おまえの判断で、ここに連れてこられたんだ」
「いやしかし」
「口下手なんだろうそいつは。そして牡牛のことも、射手のことも、俺のことも、そいつはもともと知っていたんじゃないか?」
射手が「当たり」と言った。
たまらず牡牛は、射手に聞いた。
「あいつは誰なんだ?」
「それをおまえに知られたくないんだよあいつは。だから俺は言わない」
山羊は記憶が無いせいか、思考の迷路に迷い込むことがなかった。射手の拒否になにを感じた様子も無く、ふつうの顔で牡牛に尋ねた。
「顔に見覚えは無いんだな?」
牡牛は答える。
「無い。まったく」
「じゃあ喋り方とか、癖とか、そういうのに覚えはないか」
「……実はあいつと話してると、妙に懐かしい感じはするんだ」
「そいつ、顔を変えてるんじゃないのか? 牡牛に知られたくないってことは」
牡牛ははっとした。
射手は牡羊の肉体をあやつっていた。つまり彼らは肉体を入れ替えることができる。だったら牡牛の喋った相手が、あの肉体のもとの持ち主とは限らないのだ。別の人間が、あの体を使用し、牡牛に語りかけていた可能性もある。
そして牡牛は考え、やっと、彼の正体に思い至った。
その名をつぶやくと、射手が答えた。
「当たり」
牡牛は後悔した。もっと早くに気づいていれば、と思ったのだ。
山羊は手帳を読み返しながら、やたらと感心した様子を見せていた。
「間違いない。こうして見ると、本当にあいつらしい行動だ。でもなんで、自分のことを隠してるんだろう?」
牡牛はふたたび、助けを求める目を射手に向けた。
射手はなぜか、拗ねたようにそっぽを向いていた。
「自分で考えろよそのくらい」
「ずるいぞ。何でもわかるくせに、何もかも隠すなんて」
「牡牛のアホ。ニブちん。最悪だバカ。ふざけんなクソ野郎」
いきなりの罵倒の嵐に、牡牛は怒るよりも先に面食らった。
そして牡牛の代わりに、山羊が怒っていた。
「射手! 友だちを心配してる人間に、その言い方はなんだ!」
「山羊ってあれだろ。図書委員の女の子が好きだったんだろ」
「なっ……」
「俺もあの子は好きだったな。メガネが可愛かった」
牡牛は久しぶりに、世界が壊れる前のことを思い返していた。
面白いクラスだった。皆が個性的で独特で。それゆえに衝突も多かったのだが、それを仲介する役割の者もいたので、決定的な仲違いが起こることもなかった。
牡牛は、友だちのすべてを好んでいた。しかし自身があまり騒ぐような性格ではなかったので、自然と仲良くなったのは、真面目な連中や、おとなしい連中だった。
牡牛は射手に言った。
「あいつを呼んでくれるか?」
射手は、ドアを指した。
「外で待ってろ。すぐに来る」