星座で801ログ保管庫出張所

地球最後の…49

 牡牛は女ともっと話したかったのだが、会話は強制的に中断された。部屋に数人の男たちがなだれ込んできて、女を部屋の外に連れ出してしまったからだ。どうやら男たちは何らかの方法で、牡牛と女の会話を聞いていたようだった。それがわかったのは、あらたに入ってきた人物の中には、牡牛を拷問した男も居たのだが、彼が怒ったように吐き捨てたからだ。
「役に立たん女だ」
 牡牛は不快なものを感じ、眉をひそめた。
 男はベッドのそばに立つと、牡牛をじろりと見下ろした。
「嘘が身のためにならんことは、もうよく分かっているな」
 牡牛はうなずきながら、この男に対しては、少しは嘘をついたほうが良さそうだと考えていた。
 男は手にした紙束を睨みながら、唐突に質問をはじめた。
「おまえの名前は牡牛。間違いないな」
 牡牛は、こっくりと頷いた。
「うん。……はい」
「現在の住所は」
「学校」
「一緒に住んでいる友人の数は」
「一人。射手という」
 射手の名前はすでに明かしてしまってることを、牡牛は覚えていた。だから咄嗟に嘘をつき、残りの面々を守ることにしたのだ。
 男は特に疑問を感じた様子もなかった。
「射手はなぜ牡羊のことを知った」
「射手の友だちに、すごく物知りなやつがいて、そいつが教えてくれたんだと思う」
「その人物の名前は」
「本名はわからない。あだ名はラプンツェル」
 男は紙束を、脇に居た者に押しつけた。押し付けられた方はペンを取り出し、慌てて何かを書き込み始めた。牡牛の答えを書き取っているようだった。そして質問をしていた男は、あらたに書き込まれた文書を読みながら、次に聞くことを考えている様子だった。
 すぐに質問は再開された。
「ラプンツェルはなぜ牡羊を知っていた」
「というか、牡羊はそもそも俺と射手の友だちだったんだ。だからラプンツェルは射手ごしに、牡羊の居場所を教えてくれたんだと思うけど、なんでラプンツェルがそれを知っているのかはわからない」
「ラプンツェルは今どこに居る」
「射手と一緒に旅をしてる。会いたいんだったら方法がある。のろしをあげればいいんだ。それを見たら、のろしの上がった場所で会おうっていう合図なんだ」
 男は脇の男とぼそぼそと語り合い、ふたたび顔を前に向けた。
「入国審査について説明する。我が国は訪れた人間を平等に審査し、国民になる資格を問う。審査は国民の投票によって行われるが、判断材料を提示するために、入国希望者への試験を行う。一つ目は身体検査。二つ目は我々による尋問。これらはすでに終了している。三つ目は国民の前で行われる。これに合格すれば貴様は国民としての資格を得るが、不合格となった場合、処刑される」
「待て。待ってくれ!」
 牡牛は慌てたが、男は冷静だった。
「質問は受け付ける」
「俺は牡羊に会いに来ただけなんだ。国民とかになりたかったわけじゃないんだ」
「我が国の領土に入った時点で、その者は必然として審査を受ける」
「そんな馬鹿な。なんでそんなことを」
「物資の豊富な我が国は常々、外敵の危険に晒されていた。強盗、殺人、暴行の被害が相次いだので、集団で自衛を行うようになった。しかし規律を嫌って逃げ出す国民も居り、その者は外部で我が国の噂を広めた。すると豊富な資源を狙ってまた外敵が来るようになった」
「敵とは限らないじゃないか」
「避難先として、あるいは保護を求めて来る者も居た。しかし我が国は人口が増加しており、あまり大量の人間を受け入れる余裕は無い。そこで審査が行われるようになった」
「無理なら追い返せばいいだろう。なんで処刑なんだ」
「我が国の情報をこれ以上、広められては困るからだ」
「でも、だって、その資源って、もともとあんたらのものじゃないだろう。ここらへんにあったスーパーとか、デパートの人のものだろう。それを勝手に使ってるのに、他の人には使わせないってのはどうなんだ」
 すると男は身をかがめ、牡牛の胸倉をぐっと掴んだ。
「貴様にひとつ、忠告をしてやろう。これは親切だ」
 その低い声音に牡牛は恐怖を感じ、黙るしかなかった。
 男はしかし、楽しそうだった。
「まっとうなこと言うよりも、気に入られることを言え。媚びへつらえ。それが合格するコツだ」
「……」
「ただ俺としては、男の国民なんざ増えたって仕方が無いからな。貴様なんぞ落ちてくれたほうがいい。だから貴様はぜったいに合格できないんだ。なぜだかわかるか」
「……」
「貴様が牡羊と繋がっているということを、俺が報告するからだ。そうすれば貴様の味方はひとりもいなくなる。貴様は処刑だ。確実に」
「……牡羊が、鬼だから?」
「鬼の仲間を仲間にしたい人間などおらん。貴様は死ぬ。ぜったいに死ぬんだ。まあでも、さっき言ったとおり、せいぜい媚びへつらってあがいてみろ。ひょっとしたら選んでもらえるかもしれん。ひょっとしたら、な」
 そう言って男は笑い、牡牛を突いた。
 牡牛はベッド横の壁に体を打ちつけ、痛みに呻いたが、男は牡牛を振り返りもせずに、笑いながら部屋を出て行った。部下らしき男たちもぞろぞろと部屋を出て行ったが、入れ替わりに、また女が入ってきた。
 女は牡牛を優しく助け起こし、ベッドに寝かせて、頬を撫でた。
「あたしもあんたに説明をする権利があるんだけど、まあさっきと同じなのよ。あんたは最後の審査を受けて、国民になるかどうかが決められるの」
「でも俺は、そんなものになりたくない。そんなの間違ってる」
「仕方が無いわ。あたしらも自分たちの身を守るために必死だから。それにこのルール、フェアだと思わない?」
 牡牛は素直に、「どこがだ」と言った。
 そんな牡牛の不用意なまでの正直さは、女を喜ばせたようだった。
「ああ可愛い。ほんと可愛い」
「からかわないでくれ」
「からかっちゃいないわ。怖いのね。死にたくないのね」
「……」
「でもさあ。あたしらとしちゃあ、来るやつらを片っ端からぶっ殺すって手もあるわけよ。今いる身内だけを守ってね。でもそんなのアンフェアじゃない?
 だからいちおう、審査だけはしてあげようってわけ。合格すれば仲間になれるんだし、あたしはあんたみたいな、可愛い子が来るのは大歓迎なのよ」
「この国の人間になったら、牡羊に会えるか?」
「会いたくなくても会えるわよまったく。どう? やる気になった?」
「最後の審査ってのを教えてくれ」
「ただの自己アピールよ。どうしてこの国の国民になりたいのか、自分がどれだけこの国にふさわしいかを喋ってちょうだい」
「……難しいな」
「失敗したら死ぬわよお。やる気をだして」
 くしゃくしゃと牡牛の髪を撫で混ぜると、女は部屋を去った。
 一人残された牡牛は、しばらくじっとしていた。
 やがて起き上がり、体の痛みをこらえて、窓の方に向かった。
 窓はとても汚れていて、太陽光をろくに取り込んでいなかった。北向きらしく、風景は山しか見えない。鍵は簡単な引っ掛け式だったが、針金でぐるぐると固定されていた。また割っても逃げられそうになかった。窓の外は垂直な壁で、下の地面までには遙かな距離があった。逃げ出したら墜落死するだろう。
 次にドアに向かい、ノブを引いてみた。やはり開かなかった。牡牛は囚人となったのだ。
 牡牛はふたたびベッドに横たわり、目を閉じて思考した。
 自分はどうするべきかを。