星座で801ログ保管庫出張所

地球最後の…42

 そして牡牛は手帳を取り出し、例のページを開いて差し出した。
 それを読んだ乙女は、フードに覆われた頭をかしげた。
「どういうことだ」
「たぶんそれを読んで、山羊はこう考えたと思う。誰のことだろうって。で、俺と山羊が、一緒の寝床に入ることになって、それをみんなが普通に了解してたから、俺のことだろうと判断した。だからみんなが居なくなって、明かりを消して暗くなってから、襲ってきた」
「山羊が?」
「うん」
「おまえを?」
「うん」
「あの山羊が、自分からおまえを? ……信じられない」
 では自分が鼻息を荒くして山羊を襲ったのなら、乙女は納得したのだろうか。そう考えて牡牛は不満を感じたが、蟹がその不満を反らしてくれた。
「目の前の男というのを、牡牛のことだと思ったんだね」
「ああ」
「だから恋人として当然のことをしようとして……、牡牛は受け入れた?」
「いや、拒絶した。びっくりしたから」
「まあ、そうだろうなあ。じゃあなんで」
 そののちの言葉を蟹は口ごもったが、牡牛は予想できた。なんで乙女が立ち聞きしたような内容のことを、展望室内で致していたのか、ということだ。
「俺が拒絶したら、山羊がパニックを起こした。あいつの真実は手帳にしかないし、そこに間違いを書かれたらどうしようもない。すごく混乱しておかしくなってた。だから恋人のふりをした。べつにそこまで酷いことはしてない。ちょっと触りあっただけだ」
 乙女は、咳払いした。
「しかしそれでは、山羊を騙したことになるな」
「そこが難しいと思う。嘘のことだけど、山羊にはその嘘しか真実が無いんだ」
「ちゃんと説明すれば良かったんじゃないか?」
「ラプンツェルが山羊を騙して、毎日の夜に犯してたって? そっちのほうがまずくないか」
 二人はそこまで考えてなかったらしく、驚いていた。
 牡牛はあえて、露骨な言い方をやめなかった。
「男が文章を読んだだけで、興奮して勃起して、男の友だちを襲ったりしないだろう。襲う前に確かめようとするだろうし、またもし仮に、山羊が慎重さのかけらもない男だったとしても、俺なんか押し倒したって、モノが役にたたないだろう」
 蟹が確認するように言った。
「そして山羊は慎重な男だよね」
「慎重すぎて臆病なくらいだ」
「山羊はそれを、自然なこと、あたりまえなことだと信じていた?」
「違和感は感じてた。でもなんというか、あいつの真面目さとか、誠実なところとかが、悪い方に働いたみたいだった」
「可哀想に」
 その感想に、牡牛は同意した。
 乙女は、もうすこし批判的な考えを持っているようだった。
「しかしそれにしても……、極端じゃないか」
「夜になって、山羊のそばにいたのが乙女だったら、山羊は乙女を襲ってたと思う」
「そこまでその、はっきりした行動だったのか」
「蟹が居たら、蟹を襲ってた。そういう行動を取るってことが、あいつの中に出来上がってる」
 乙女は、想像をめぐらせる様子で、宙を見つめていた。
「困る。そんなのは。今の俺に、接触を求められては」
「乙女は俺にも、病気だからってなかなか触らせてくれないし。乙女はケチだ」
 乙女が怒り出すより前に、蟹が笑い出した。
「乙女はよほど、牡牛に厳しかったんだね」
「うん」
 怒りを狼狽に変えた乙女を、蟹がまあまあとなだめた。
「乙女の気持ちはわかるよ。俺も同じ気持ちだしね。だから牡牛が山羊を選ぶのなら、それはいいことだって話し合ってたところなんだ、実は」
 しかし牡牛は、首を横に振った。
「山羊のほうは、俺を選んだわけじゃない。山羊は誰も選べない」
 蟹は頷き、手帳のページをつまんだ。
「まずできることは、これだね」
 びりびりとページを破き、焚き火に放り込む。小さな紙片はあっという間に燃え上がった。
 蟹は次に手帳についていた鉛筆を抜いた。
「どう書こう」
「襲うなって書いたらいいんじゃないか」
「いやそれは。山羊が痴漢みたいじゃないか」
 乙女が魚を指した。
「まず、あれのことを書いておけ。魚は感染者だから近寄るなと」
「了解」
「俺と蟹の説明も要るな。頭はまともだが感染していると。まえに説明してあるが、もう忘れているだろう」
「文章が難しいな。ええと……」
 蟹はさらさらと鉛筆を走らせ、それを乙女に見せた。
 乙女は、頷いた。
「あと、夜中に一人で外に出るなと書け。山羊はそれでさらわれたんだ」
「オッケー。他には」
「牡牛は色情狂で異常性欲に苦しんでいるが、俺たちは病気のため相手ができないので、親切な山羊が相手だった。でも嫌ならしなくてもいいと」
 牡牛は抗議したが、蟹はそれを書いてしまった
「しばらくはこれで誤魔化そう。健全な男が、夜にもよおすのは普通なんだから、それに理由をつけてあげよう」
 乙女も、淡々と同意した。
「極端な行動の繰り返しをやめれば、山羊もそのうち妙な習慣を忘れるだろうから、そうしたらこのページを破けばいい」
 蟹が同情深く言い、乙女が筋道立てて言うと、なぜか牡牛は反論できない気分になるのだった。だがそんな、不自然で気をつかった、台本を演じるような触れ合いを、牡牛はまったく好きではなかった。
 渋面を作っていたらしく、乙女が言った。
「自業自得だ」
 牡牛は反論したかったが、賢く黙っていた。