星座で801ログ保管庫出張所

地球最後の…41

 山羊の驚きは拒絶だと、牡牛にはわかっていた。
 しかし牡牛は止めなかった。山羊の薄い唇を舐め、その内側に舌を刺し込み、柔らかな粘膜をさぐる。激しい呼吸で乾いた前歯を濡らしてやり、奥歯まで舐めてから、その近くで縮こまっていた彼の舌を無理に吸い出した。伸びた舌を裏側がらすくいあげ、その柔らかな部分に、こちらのざらついた部分を、やわらかく擦りあわせてやる。
 山羊は鼻にかかった声をあげ、そのあと慌てたように牡牛の服をつかんだ。受け入れつつの否定だとわかった。自分の反応への違和感があるのだ。やがて、やはり耐え切れなかったらしく、山羊は顔を横に倒した。
「……っ! ん、お、牡牛」
「なんだ」
 山羊は、困ったように牡牛を横目で見た。
「恥ずかしいんだ……」
「いつもしてたのに」
「う、うん。そうだな」
「でも俺、今日は疲れてるから。触るだけでいいかな」
 山羊は悩ましげな目をした。牡牛の言葉をヒントにして、あるはずも無い回答を探しているのに違いなかった。やがて山羊はなにかを思いついたらしく、それを本人としてはなるべくさりげないだろうつもりで、聞いてきた。
「さっきの俺は、らしくなかった、か?」
「うん」
「今は、大丈夫だよな……?」
「うん」
「……俺は女々しいかな」
「女々しくは無いけど、俺はこういうときに下になるつもりはないから」
 山羊は納得しつつ納得できない、つまり当然の表情をした。牡牛としても複雑な気分だったが、しかし山羊の様子が目に見えて安定したので、山羊の上に伏せた姿勢のまま、じっと反応をうかがっていた。
 山羊は首を振り、正面から牡牛を見た。
「俺は、あの、すごく失礼なことを聞くんだけど」
「なんだ」
「なんで牡牛と、こういうことになったんだ?」
「まあ、色々あったんだ」
 無い事実をぺらぺら喋れるほど、牡牛は器用ではなかった。だから会話の終わりを告げるように、ランプに這い寄っていって、火を吹き消した。また布団に這い戻り、上布団をいっしょにかぶって、体を近く寄せた。



 牡牛は疲労していたものの、眠る気は無かったので、近くに眠る体の、その暖かさや心地よさと戦わなければならなかった。それでもウトウトとしてしまい、はっと目を覚ますと、辺りはまだ静かで、ただ山羊の寝息だけが聞こえていた。
 牡牛は布団を抜け出した。手探りで山羊の上着を探り当てると、手帳を取り出す。それをポケットに入れると、展望室のドアに近寄った。鎖をゆっくりと、音が鳴らないように時間をかけて外し、ドアをそっと開くと、外にすべり出た。
 階段から下を見下ろすと、焚き火が見えた。そばに荷車があり、荷車の前に檻が置いてあった。蟹は乙女といっしょに、焚き火のそばにいた。蟹の足元には二匹の犬がいる。魚の姿は見えないが、おそらく檻の中に居るのだろう。
 牡牛は鉄階段を降りると、二人に近寄った。
 蟹が牡牛に声をかけてきた。
「どうしたの? 夜明けはまだだよ」
 牡牛は乙女に目を向けた。
 乙女は牡牛を見ていなかった。じっと焚き火を見つめている。それで牡牛は、乙女の心を悟った。
「乙女。知ってるのか」
 乙女は動かなかった。
 蟹は、困ったような顔をした。しかし声音を変えずに、明るく牡牛を手招いた。
「火のそばにきて。暗いだろう。今日は月が無いからね。乙女は平気らしいけど」
「蟹は乙女に聞いたのか?」
 蟹は黙り込んだあと、曖昧にうなずいた。
 つまり、乙女は魚を連れて出て行ったあと、散歩をして、なんらかの理由で、いったん展望室に戻ろうとした。そうして中で行われている行為を、立ち聞きしてしまったのだろう。
 牡牛はポケットに手を入れた。
「じゃあ話が早い。二人に相談があるんだ」
 乙女は牡牛を見ないまま、淡々と言った。
「俺は最初から、おまえは山羊を選ぶべきだと思っていたんだ。俺や蟹では駄目だ。山羊は見た限りでは健康体で、記憶の障害はあるが、それ以外はなにも問題ない。だからべつに……なんとも思わん。弁解の必要も無い」
 蟹も頷いて、穏やかに語った。
「こんな世界だもの。愛しあえる人が居るって、幸せなことだと思うよ。変だとか、普通じゃないとか、そういうことは考えなくて良いと思うんだ」
 牡牛は二人の優しさに感動しつつも、苦笑いした。
「そういう単純な問題だったらいいけど、そうじゃないから困ってる」