星座で801ログ保管庫出張所

地球最後の…06

 ある日、牡牛はとある住宅を物色していた。そこもやはり窓が大きく、光がよく室内に差し込む家だった。ただ台所はドアを隔てた別室になっており、危険なので入ることが出来なかった。そのかわりに牡牛は居間で、一個のノートPCを発見することができた。
 今の生活でPCが役立つとは思えなかったが、牡牛は電源を入れた。そのPCを通して、今はもう無い、文明や、人間や、生活といったものの名残りを感じたかったのだ。バッテリーが残っていたらしく、PCはつつがなく起動した。あらわれたデスクトップを見ると、何かのアニメの壁紙が貼ってあり、牡牛は持ち主について、自分の年齢に近い人物の姿を想像した。
 様々なデータが入っていた。有名な作画ソフト、なにかのゲーム、いかがわしい画像。牡牛は、こんなものを見られて持ち主は恥ずかしいだろうな、などと考えて苦笑しつつ、ウェブブラウザを起動した。やはり、繋がらなかった。だから何も期待せずに、本当についでに、メールソフトを起動してみた。
 受信箱には沢山のメールが入っていた。そのほぼすべてがスパムだった。しかし牡牛はメールの日付を見て、驚愕した。世界が終わったあの日から、3ヶ月間の日付が、規則正しく並んでいたのだ。つまりこのPCの持ち主は、あの最悪の日から3ヶ月間は、この家に居て、このメールソフトを起動し続けていたということになる。
 牡牛は、欲求に指の動きが追いつかぬように、もどかしげにキーボードを操作した。そうしてひとつのスパムメールを開いた。
 シンプルな内容のメールだった。

   これはスパムじゃない
   スパムの仕組みを利用して、ランダムなアドレスにメールしてる
   生きている、まともな人間にこのメールが届くことを祈ってる
   俺の名前は双子
   返事がほしい

 久しぶりに、実に久しぶりに、牡牛は声を発した。
 双子、と。
 意味のあることを言ったのは、本当に久しぶりだった。
 調べてみると、送信元は学校のコンピュータ室だった。メールは一日一通の割合で、毎日かならず届いていた。そしてその日付は6月の最初で終わっている。これは今から10ヶ月ほど前だ。その日、PCの持ち主になにかが起こり、彼はメールソフトを起動しなくなったのだ。あるいは双子の身になにかが起こり、彼はメールを送れなくなったのだ。
 牡牛は目を閉じ、もういちど、あの日の出来事を思い出そうとした。
 そう。体育館の窓際の、明るくなった場所に、怪我をした女子が現れた。よく知る体育教師が、彼女の傷口にハンカチをあてながら言った。
「だれかスイッチの場所わかるか。電気のスイッチ。舞台の横だ。つけてこい」
 そのとき「俺が行くよ」と声をあげたのが、教師のそばに居た双子だったのだ。
 双子は牡羊と牡牛にも気づいて片手をあげ、「とんだ卒業式だな」と笑い混じりに言いながら、舞台袖に通じるドアの方に歩いていった。
 そして双子の姿が消え、まもなく体育館に明かりが灯り、すべてがつまびらかになると同時に、牡牛の世界は終わったのだ。
 牡牛の耳に双子の声が蘇る。俺が行くよ。とんだ卒業式だな。
 牡牛はPCを展望台に持ち帰り、すべてのメールをチェックした。すべてのスパムが双子のメールだった。おなじ短い文章を、何度も、何度も開いては読んだ。出来るわけがないと知りつつも返信を送ったりもした。
 それから考えた。双子が今も、あの学校のパソコン室に居るということは、有り得るだろうかと。
 有り得ないような気がした。だから放っておくのが正解だと思った。思いながら牡牛は、荷造りを始めた。食料に困っているかもしれない、水に困っているかもしれない、衣服に困っているかもしれない、医療品に困っているかもしれない双子のために、リュックに物品を詰め込みはじめた。理屈など問題ではなかった。いま牡牛は、気が狂いそうなほど誰かに会いたいのだった。死んだなら死んだで、死んだという証拠が欲しいのだった。彼が腐ったものに変わっていたなら、それはそれで、自分の目で確認しなければ気がすまないのだった。
 次の日の朝、天気は晴れていたが、西の空に雲が見えた。それはつまり、午後からは雨になるかもしれないということだ。あまり長く外出することは危険なのだ。
 牡牛は、荷物を背負い、片手に使い慣れた剣先スコップを持って、学校に向かった。なるべく広い、光のよく射す道を選んで歩き続けた。散策には向いた季節だったが、牡牛の心に周りの風景を楽しむ余裕など無かった。