星座で801ログ保管庫出張所

地球最後の…04

 次の日の朝、外に出てみると、残念ながら牡牛の畑は荒らされていた。農作物のほとんどは食われてしまい、土は掘り返され、木は折られていた。しかし牡牛はある期待を胸に感じつつ、展望台の後方にまわった。そこで牡牛は、自分の仕掛けた落とし穴の口が開いているのを発見した。
 牡牛はスコップを構えてそろそろと穴に近寄った。中を覗くと、小さな猪が居た。牡牛に気づいて、怯えたように体をふるわせる猪を見て、牡牛は思った。美味そうだなと。
 牡牛は近くの竹やぶに向かい、のこぎりで竹を切った。数本をかかえて展望台に戻ると、枯れ枝を集めて焚き火をはじめた。なべに水を張って焚き火にかけると、竹の先を斜めに切り、火であぶって固くする。そうして竹やりをこしらえて、落とし穴に近寄ると、猪を刺した。竹の槍は弱く、一本で一、二回しか刺せないことは分かっていたから、何本も刺した。
 絶命した猪をロープで引き上げる。近くの木の太い枝に、猪をさかさまにぶら下げ、のどを裂く。血抜きを終えたあとは、なべに沸かした熱湯を猪にかけて、毛を抜く。全部抜き終えたところで、焚き火を消し、すべての道具を片付けて、得物を展望台に連れ帰る。
 牡牛はこの作業に慣れてないので、時間がかかるのだ。ぐずぐずしていると日が暮れてしまうし、そうすると血の匂いをかぎつけて野生動物が襲ってくる可能性がある。
 カーテンを張り巡らせた暗闇の中、ランプの明かりだけを頼りに、牡牛は得物をさばく。閉鎖された空間で、血と脂の匂いにまみれながら、牡牛は糧を得る。



 目覚めたとき、牡牛は自分が寝坊をしたことに気づいた。いつも自分を起こしてくれる鳥の声が聞こえなかったからだ。変わりに聞こえたのは雨音だった。そして牡牛は、昨夜の作業の結果、部屋の中が異様に血生臭くなっていることにも気づいた。
 嬉しさに興奮したまま眠ったせいか、牡牛のこめかみはずきずきと痛んだ。身を起こし、窓に近づき、カーテンをめくり、外の様子を見てみる。雨の世界は、太陽の無い灰色の世界だった。遠景がかすみ、窓ガラスをつたう雨粒の数々に歪んでいる。牡牛は陽光をあきらめ、カーテンを閉めっぱなしにした。そのまま掃除に専念する。骨をあつめ、血の跡をふきとる。体を動かしていると空っぽの腹が鳴ったが、牡牛は食事よりも先に体を洗いたいと思っていた。
 掃除を終えると鉄扉を開き、階段を降りた。激しい雨が展望台の屋根で集まって、軒から滝のように流れ落ちていた。展望台の下には、そういう雨水の集まる場所が数個あり、そのうちの一箇所には大きなポリバケツが置いてあった。
 牡牛は別の箇所に立った。雨水のシャワーで、あっという間に髪が濡れ、顔にしずくが流れ落ちた。
 牡牛は持ってきた石鹸を、血まみれの両手でこすり合わせ、赤いあぶくを立てた。頭をこすり、顔をこすり、シャツを脱ぎ捨てて石鹸をすりつけ、体を洗う。足元には赤黒く汚れた水がどんどん流れ落ちていく。しかし不思議なことに、どれだけこすっても血の匂いが取れないのだ。それどころか腐敗臭がひどくなり、しまいには汚れまで増していく。
 牡牛は空を見上げた。
 牡牛の頭上、水が流れ落ちる展望台の屋根の端から、なにかがぶら下がっていた。
 牡牛はあごを上げた姿勢のまま、後ろに倒れるように飛びのいた。その牡牛のつま先に、どさりと何かが落ちてきた。それは人のようだった。正確には、かつて人であったもののようだった。落ちた衝撃で腰が折れたらしく、それは二本の足で立ち上がったあとも、折れた上半身を背後にひきずっていた。
 重いものを引きずりながら動く二本の足から、牡牛は逃げた。逃げながら展望台の後方にまわった。きのう開いたばかりの落とし穴のふちに、猪を刺した数本の竹やりが落ちていた。拾い上げ、かまえる。
 突進してきたそれは幸いなことに、視覚を自分のかかとの後ろへと失っていたので、武器を見てよけるということができなかった。そこから上の無い腹が、まともに槍に刺さった。長い竹が腹から大地へのつっかえ棒となり、それは前進できなくなった。するとそれの両手は、這い始めた。ブリッジのような姿勢のまま、自分の両足のあいだから、上半身だけで這ってこようとした。それが手で土を掴み、引き寄せるにつれて、竹がたわんだ。胴体部の骨がさらに折れ、肉がぶちぶちと千切れる音がした。牡牛は二本目の槍を振り上げ、上から滅茶苦茶に刺した。尖った先が折れたあとは、竹棒そのものを凶器としてやたらと殴りつけた。それはもともと腐っていた頭部を割って、腐った脳をはみ出させた。それでも牡牛は狂気のように殴り続けた。それが動かなくなったあとも、ただただ殴り続けた。
 やがて、それのあちこちがつぶれ、ほとんどひしゃげた腐肉のかたまりになると、牡牛はやっと動きを止め、荒い呼吸を整えた。そして、次の作業を開始した。
 竹の先でそれを突きつつ移動させ、近くの開いた落とし穴に落としていく。まだ肉や内臓の色んな箇所がぶるぶると蠢いていたが、牡牛の心に命への慈悲などかけらも浮かんでこなかった。髪束のひとつまで丁寧にあつめて穴の底に落とすと、展望台に戻り、愛用のスコップを持ってきて、穴を埋めだした。泥土をすくっては穴に落とし、土を小山にもりあげた。
 そうしてやっと、牡牛は住居に戻った。彼は青ざめ、震えていた。
 機械のような動作で衣服を脱ぎ捨てる。布でからだを強くこする。牡牛の体は手足が日焼けしていて、そこには小さな擦り傷がたくさんあった。こする力が強すぎて皮膚が赤くなり、古いかさぶたが剥げて血が出たが、牡牛はそれでも自分をこすり続けた。そのうち彼は急に口元をおさえると、バケツをかき抱いて、吐いた。吐いても吐いても満足できぬように、胃液ばかりを吐き続け、それで体力を使いきったように床に転がった。裸のまま這い、寝床にたどり着くと、毛布の上に突っ伏した。