帰宅するなり溜息が出た。扇子で扇いだり、散る花を動かしたりして気分を紛らわす。
歯がゆい。水瓶には自分で自分の顔を見てみろと言いたい。戻ってこない人の持ち物をあんな顔で見渡していたら、後はお察しだ。あれで自分なりに誠意を尽くした、相手の為に頑張れたと思っているのだとしたら、そんな感情どっかに捨てて来い。
(しかし言ったら『お前が言うな』って言い返されて終了な気ぃする)
射手が双子とやり直したがる気持ちがわからないでもない。もう一度やって上手くいく保障なんかどこにもないが、むしろ以前より上手くいく確率が下がるかもしれないが、何も残らないよりずっとマシかもしれない。
(俺は絶対やんねーけどな)
いくら忘れられていようが、せっかく綺麗に別れたのだからそれを無駄にしたくない。何より、追いかけるなんて格好つかない。むこうはそんな事忘れていようと、自分は覚えている。
その証拠に、こうしていても何をやっているのかと聞いてきたり、何かを片付けていたり、本を読んだりしていた者は、今頃そんな記憶を綺麗サッパリ忘れて生活している。
おかげで、仕様もない口喧嘩をする声などない。
(水瓶と牡牛の仲を取り持てって理由なら、まだ考えるけど時遅しだしな)
残った時間は、もう残り数分というところじゃないだろうか。夜も遅い。眠ってしまおうか。
隣の部屋で眠る者はいない、待っても何の声もない。
(…そういえば。眠い時に喋るもんじゃねーなー。水瓶が言ってた時の事、あんまし覚えてねぇ)
扇子を仰ぐ手を止める。乙女が水瓶に怒っていたのはよく記憶しているが。
(…眠かったな、うん)
そんな話をしたような、していないような。
意味もなく扇をひらひらさせながら考えた。思い出す内容によっては、こんな気分になる事など一生かもしれないと期待した。
『幼馴染だから少しは何とかしろって言ったのはお前だろうが』
『あー、そんな事も言った言った』
『根拠は何だと聞いたら、何て返したかは覚えているか?』
『あの時、眠かったしなぁ』
意外と思い出せてきた。
あぁそうだ、牡牛の持ち物を一部、こちらが取り上げた時だ。会話の内容が、さっき水瓶から聞いた話とほとんど一致する。思い出させてくれてありがとうよ水瓶。
期待が別の感情に変わった。
もう眠ろう、考えるのをやめようと焦る自分と、もっともっとよく考えろと喜んでいる自分がいる。
迷わず後者を選ぶ。だって、喜ばしい事は好きだ。
(じゃあ根拠は俺か。俺を根拠にあれだけやらかすって、何だそれ)
好きな相手を思うだけで頑張れますとか、そんな可愛い事をぬかしてくれるのだろうか。いやいや、あの口うるさい奴が。無愛想が。ないな、ない。絶対ない。これだけないと言っているんだしきっとない。ないったらない。
『…後で思い出せよ。せっかく少し出来たというのに、何か言う事でもないのか』
「…馬鹿が」