星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 097

射手は双子を追ってむこうへ行くらしい。魚といい、何故そこまで夢中になれるのかわからない。
(私が決める事ではないのだし、良いんだけどね)
横になった。周りには牡牛の荷物が散らばっている。あの子が大事に持ち歩いていた物たちだ。
その上に、花びらが舞い落ちた。風で水面が小さく波立つ音がした。夜中に歌舞伎でも見た気分になった。毎度毎度訪問の仕方が派手だ。
「夜分失礼するぞー」
そのくせ挨拶は忘れずにする。
「水瓶、牡牛は帰したか?もう本気で時間がねぇよ」
「帰したよ。もう皆知ってる。ま、射手はこれからその帰した場所に行くそうだけどね」
「射手もここに来たのか。…その口ぶりじゃあ、蠍はこっちに居るんだな」
獅子は扇子を片手に、丁度こちらの顔を見下ろせる位置に座った。
「全部牡牛の荷物か。散らばってんなー。喧嘩でもしたか」
「少し気絶させただけ。散らばってるのは、私が鞄の中身を確認してたから」
「へぇ。帰らせてなけりゃ俺が強制的に帰らせようと思って来たんだ。けど、心配なかったんだな」
言葉を切ると辺りを見渡し、
「にしても珍しいなー」
「何の事?」
「お前が人の持ち物いちいち見てたなんてよ。珍しい。…帰らせたくなかった?」
手にしていた包丁を置き、
「どうして恋愛を推奨してくるんだい。悪いけど見当違いだよ」
ただ、ちょっと可哀想とか思っていただけだ。
「そっか。それなら良かった」
「それより獅子、一緒に暮らした人の世話くらい頑張ってよね」
魚が隠していた事を牡牛が知っていた件について、自分なりの解釈を伝えると、
「…確かに、魚がずっとマフラーしてるのを不思議がってたけどよ…」
「言われてみれば思い当たる節があるのかい…それ、いつの話?」
「射手と双子が家に来た日だな…魚は寒がりなのかとがマフラーしてて暑くないのかとか聞いてきた」
「要注意しなさいよ…」
「あーもー、本当に面倒な奴でな、ほんとーに」
「乙女に牡牛の事、幼馴染だろ何とかしろ、って言ってたけど…逆もしかりか」
初めて牡牛を獅子の家に泊まらせた日、
『あのな、牡牛が何もしなけりゃ心配事は起きねぇよ。幼馴染だろ少しは何とかしろ。大丈夫だ絶対お前なら出来る混乱しない限り』
『何を根拠に言ってるんだ!』
『俺が根拠だ』
こんなわけのわからない事を言っていたのは誰なのか。
『本当に全部私頼みは困るからねぇ。何事もなければ最高だね』
あの時の私よ、その願いは叶わなかった。
「俺、そんな事言ったっけ」
「…あの後、貴方すぐ眠そうにしてたっけね」
「過ぎた事だ、言っても仕方ねぇ」
「うわぁ開き直った」
「射手はこれからむこう行っちまうし、魚と蠍は今邪魔しない方が良さそうだし、お前もやっぱ少し放っとくべきか。何だよ何だよ皆してよー」
「悪いけど見当違いって、さっき言ったところだよ」
獅子は立ち上がると、包丁を拾い背を向けた。そのまま腕を動かすと、水の中に放り込まれる音が響く。
反射的に自分も立ち上がった。静かになった水面を見て、気づけば獅子の肩を揺さぶっていた。
「何て事してんの!?」
扇子を開くと、どこからか花びらが出てきて舞う。そして反対の手で袖口から、あの包丁を取り出した。
「…あれ?」
「牡牛に土産の飯やった時の皿、回収したぞ。…って、水の中に沈んだけど。もういいや、やるよ」
「あぁ、あの皿…。いつの間に持ってたんだか」
受け取った包丁を見ていると、ほっとして力が抜けた。
「で。お前、さっき何であんなに怒ったんだ?」
「…自分の物じゃないし?」
「皿だってそうだろーが、あれは俺のだ。お前、少しひとりになってろ」
そっけないが、声色は優しい。風を起こさず扇子の音だけ広げると、そのまま帰って行った。
『牡牛は私とずっとここにいたい?』
気絶しなかったのを見て、どうしてああ聞いたのかはわからないけど。
いたいと返って来るわけなかろうに。