射手が家に来たのは夜の事だった。橙の大きな風呂敷包みを担いで、自分と蠍の前に座る。
「蠍に贈り物」
包みを解きながら言う。
「何?」
「着物。主観的にだけど似合いそうなの沢ッ山持ってきたぜ!その藍色って魚のだよね?微妙に大きさ合ってないよー?」
「別に構わないから着てる。さ、こんなに贈ったら自分の衣装がなくなるよ」
と、蠍は射手をさえぎろうとするも効果はなく、
「大丈夫大丈夫。双子がいる所に、これ持って行っても仕方ないじゃん?この中から気に入る物が全然ないって話なら、今から俺の家に来るといいよ」
「待って待って、横から失礼。その言い方じゃあ、何だか射手がいなくなっちゃうみたいじゃない」
「そうそう。そうだよ、いなくなるんだ」
即答された。
「双子が言ってたんだよ、俺がむこうに住むのもアリなんじゃないかってさ。まぁ人間がいる場所で一緒に暮らそうって事です。あの時は断ったけど、うん、案外面白いかもしれないし」
「あの、水瓶や獅子には?言ったの?何か言われた?」
何がアリなんだと返したいが、蠍をこちらに連れて来た自分が言うのも何か違う気がする。そして、当の蠍は黙って射手の言い分を聞いている。
「獅子も水瓶も『良いんじゃね?』だって。完全にお別れするわけじゃないからな。会話が困難になるだけでさ」
言葉が切れ、少し目を泳がせながら、
「乙女も牡牛も帰ったんだってね。まったく、むこうで会ったら気まずいよ、俺だけが」
「あれ、僕のところに来たのが1番最後なんだね」
「牡牛がここに来るだろう事なんか予想できたからな〜。最初に獅子のとこへ。そこで水瓶の家まで付いて来てってやるとか言われたんでお言葉に甘えたら、水瓶の家、誰もいなかったわけ。これは魚の家で火花が散ってるという結論に達しました」
「すごいよ!射手が間の悪い行動を回避するなんて!」
「褒めるなって。同時に俺は獅子をそっとしといてやろうという結論にも達しましたよ。だから時間を置いて、次はひとりで水瓶の家に行ったら牡牛が帰った後だった。そして今に至る。
こういう次第です」
本当に見事な回避だった。
「その回避能力をどうして今まで発揮してくれなかったのか」
以前から射手の訪問に頭を痛めていたらしい蠍がボソッと言う。あまりに小さく言ったので、射手には聞こえなかったようだ。
「あれから残った人間が蠍しかいないなんてな。俺がむこう行ったら色々頑張ってみるから末永くな」
それから棚の上に置いといたマフラーを見て、
「知ってる奴らを放って死なすなんて、これだけ好き勝手する事にした俺でもそこまではやらないさ」
「それに関しては心配しなくて平気」
「と、蠍が申しておりますが。どうよ魚?」
射手は苦笑いしながらこちらを見た。
「…魚。まさか、まだ言ってなかったりした?」
「ううん、全部言ったよ?」
そういえば、自分が蠍と話している時も射手は回避したのだ。本当にすごいなと思う。
「最期がいつだろうと付き合ってくれるって。隠す事がなくなって、安心して言えるよ。幸せ」
「…うーん」
万華鏡を手の中で弄びながら目を伏せている。
「わからないなぁ。わかりたくないなぁ。でも良かった?のかな」
と、悲しげに目を閉じていた。これを見て、一体どう接するべきか、わからなくなってきた自分にかわり蠍が口を開く。
「生きててほしいと言ってくれてるのなら、一応ありがとう」
そして着物のひとつを手に取り続けた。
「それと私からも『良いんじゃね?』と言わせてもらう」
「蠍まで。ねぇ射手、どこに居つくかとか、ちゃんと決まってるの?」
「当てはあるんだ。と言っても、それが確実かは知らないけど。でも確かなのは、双子に逢える確率は上がる」
射手は不意に顔を上げた。いつの間にか、喋り方はしっかりしたものに変わっていた。表情は元から明るかったが、今の笑顔は随分優しい。多分無意識の笑顔だと思う。
「俺も無駄に泣いてたわけじゃないよ」
やっぱり好きな人と一緒にいたかったのだろう。
(あー、仕方がない。わかる、その気持ちわかる…)
「魚にも贈り物があるよ」
ここで射手はひと息つき、いつもと違う笑顔を作ってみせた。
「この万華鏡をあげる。尤も、蠍もこういうヤツの使い方覚えといた方が良いかもしれない。
魚は使い方わかるよな、昔から俺が使ってるの見てたんだから」
「うん。いくら万華鏡が無事でも僕が動かなくなったらお仕舞いだしね。蠍も覚えた方が良いね」
「せっかくぼかして言ったのにさー」
「射手。その当てとやらが駄目だったら、学校の事務に蟹って人がいる。その人と接点持つよう頑張ると良いと思う。…私のいとこだよ。親しい人は保護したがるような性格」
事務の人。牡牛にも、その人が関係していないか聞いていた。どんな間柄なのかと想像していたが、いとこだったのか。
「蠍のいとこか…怒ると怖い?」
「大抵の人は、怒らせると普段より怖くなる」
(蠍、射手の心配してるのかなぁ)
なんだか嬉しい。
「そんなに別れを惜しまなくっても、ちゃーんと会いに来るよ♪」
「………」
(あ、少しイラッとしてる)
「そういうわけだから魚、俺をむこうまで送ってよ」
さし出された万華鏡を、素直に受け取った。
「うん。良いよ」