「あ、それ私だね」
「軽く言ってないで、事の重大さに気づいてよ。僕は自分の事で手一杯なのに、人を連れても。
面倒見れないに決まってるじゃない。ここ以外の場所に行く事も出来ない。この生活に慣れるまで、元気に一緒に居れるなら良いけど多分無理だし」
魚がマフラーを取りつつ、
「好きな子が看取ってくれたら最高だよね」
一気にそこまで喋ると、突然目を逸らしてうつむいた。
「珍しいねぇ。魚が笑ってない」
「最初こそ嬉しかったけど。冷静になったら、間違いなく僕がおかしい。だから、ここに居るのが怖くなりそうな話をしたりしたのに、平気そうだからもう…尚更言いにくい」
「実際平気だから仕方ない」
「これからゆっくり、でも確実に平気じゃなくなる。話聞いてた?」
「聞いてた」
「なら言いたい放題言えば」
「あのさ。魚は自分が思ってるほど隠し事上手じゃないと気づいてよ」
沈黙。そして数秒後。沈黙のまま怪訝そうにされた。
「牡牛くんが何か隠してないかって聞いてくる程なのに、一緒に暮らしてる私が全くそんな事思わないなんて、そんな馬鹿な話はないから」
双子達と比べて、自分の生活に自由がないと感じないわけがない。昔、こういう事があって死んだ人がいる等の物騒な話も、こうなるかもしれないのでそのつもりで、と言っているように聞こえた。
流石に近い未来そうなるとは思っていなかったが。人生何が起こるか予想するのって難しい。
「い…今なら即、帰れるよ」
「でも結構無理する必要があるんだよね?もう花はほとんど散った頃だろうしね」
「1回くらいならまだ大丈夫」
「でも看取ってくれたら最高ってさっき言ったじゃない。うん、わかったよ」
「…驚かないにも程がない?」
「それ言うなら逢った時に言おうよ…驚きはあれがピークだったんだから。それ以降、自分に今までの常識を適用するのは極力やめてる」
「12年後まで生き延びる自信ないからね?むこうにいる人と直接会える機会なんか、もう来ないと思うよ?」
「そこは未練が残るけど。でも、もし好きな子が死にそうなのほっといて帰ってきました、なんて言ったら怒られそうだ。帰る気ないけどね」
「ごめん、今、僕の事、どんな子って?」
「好きな子」
「今なんて言った?」
「好きな子」
「正気で?本気で言ってる?」
「失礼な…。とにかく事実だろうと、わざわざ死ぬとか言わないでよ。いつそうなるのか正確にはわからない、詳しくは未定でしょう。私は何もしてあげられないけど、魚がいなくなったら悲しい」
「未定だったら、それはそれで困る事あるよね?」
「でも、どのみち最期まで付き合うし…ねぇ、私はここに居て良い?」
「それは、良いって言うんなら、良いよ、いっくらでも。居て良いよ」
「じゃあ今まで通りで問題ないんじゃない」
それはそうと。と、話題をさっきから気になっていた事に変えた。
「ちゃんと見たのは初めてだけど、痛くない?」
「…すみません。ひとりが嫌だったんです。怖かっただけです。好きなのは本当で本当で、」
「別に口調変えなくっても。で、大丈夫?」
初めて逢った時は横から手を押さえられていた。おかげで立っていた位置から動けなかったのを覚えている。こうなると、どうしても見えない角度があった。
「痛くない」
「もし痛かったりしたら、とりあえず言いなよ」
首の一部が黒っぽくなっているのを見ながら言った。この上からマフラーをかけてしまったわけだが、悪化とかしなかったのだろうか。
「…マフラー取ったけど、気味悪くない?」
「マフラーなしでも可愛いけど?これから暑くなるんだし取った方が良いよ。これ防寒具だから。…
もしかして、ここに居たら気温とかあんまり関係ない?」
「そうじゃなく…何でもない」