星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 093

ひとけの少ない公園。花見をする時間がない人が、ふらっと立ち寄り見ていく立ち位置。
「僕としては、あの状況も気に入ってたんだ」
成長し、花も多くなると自分の存在は大分広まった。場所争いせずともそれなりに花見が出来るとの触れ込みだった。公園で唯一の桜なので独占状態だ。
「その結果、蠍も見たあの現状でね」
街路樹や庭園の出入り口だと木の周りには囲いがあり、あまり近づけない上に長時間居座るのも無理だ。しかし自分は違う。当たり前のように近寄って座れる。
「土が固められると根を張りにくいんだよ。呼吸もしにくい。枝を折られるのも傷口が傷む」
木の所有者は苦情を出せるのだが。
「この辺りって、管理があまりできてないみたい」
悪い条件が揃いだしたと気づき数年が経過。諦めだした頃。
花を持ち帰りたい人が枝を折った瞬間、使っていた簪が壊れた。普通の壊れ方ではない。
真ん中でへし折れ、飾りが弾け飛ぶと床に叩きつけられた勢いで更に一部が壊れた。
しばし呆然としていた。次に青ざめる。髪が冷や汗で額に張り付いていた。
「この簪は移動手段、射手にとっての万華鏡。水瓶にとっての傘。獅子にとっての扇子」
何度か直そうとしたものの、自分の具合が悪くなるにつれ勝手に壊れていく。そもそも動き回る気力が削がれているのにも気づいた。最近顔を見ないと不思議に思った射手が遊びに来るまで、ひとり出かけもせず頭を抱えていたのだから友達とは大事だ。
使い慣れた道具を失ったので代用品を探し、とりあえず花にした。理由は、使った後すぐだめになるのを見ても、散って萎み枯れる、それが当たり前だと思えるからだ。
「それが今年の出来事」
春。今年も相変わらずだった。ある日、なんだか腹が立ってきた。
周囲を見回すと、ひとりでこちらに近寄ってくる人間がいる。あの学校の関係者だ。生徒。
危害を加えてくる様子はない。うん…別にこの子が悪いわけじゃあるまいし。
が、生徒が桜の幹に手を当てた瞬間そんな考えはどこかに飛ぶ。音をたてずに外に出て、相手の後ろから首に手を伸ばした。そもそもどうして自分がこんな目に会わなくてはいけないのか。
このままじゃ死ぬのもそう遠い未来の話じゃない。人間ひとりくらい道連れにしても許される程度の目に会ったはずだ。
自分の12年に1度は今この時のためにある。そう思った時、
『私はこの桜を好きになれそうなのに』
体の力が抜けた。よろけた拍子に、幹に触れていた相手の手が目に入る。
『それ、本当?』
動けないように上から手を手で押さえ、動揺しながらも問いかけた。
物静かそうな男の子が、じっとこちらを見返す。再度尋ねた。
『好きって本当?』
脅かしてしまったのだろうか。押さえつけていた手を放す。今更考えが右往左往した。
『どんなふうに見える?』
…そう言われても。
黙り込んでいると、相手は外したマフラーをこちらの首元に巻いてきた。好都合だったのもあり、緊張が少し解ける。続けて、いい子、というように頭を撫でられた。