星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 088

自分が帰ってきたのを見るなり、
「あっ、おにぎりだ」
牡牛は目を輝かせた。本気でお腹がすいているらしい。
「獅子が、貴方への土産に持って行けってさ。出し巻き卵までついてる」
「俺への?食べていい?」
「ゆっくりよく噛んで食べるんですよ」
いつも見ていて気持ち良いくらいよく食べる。が、ここまでくるとヤケ食いしているように見える。
(再会した幼馴染が、逢って数日の相手を信用しきって帰っちゃったからねぇ)
目標達成に近づいたとわかってはいても得心できないのだろう。
(ま、次に行くのには違いないか。次、魚と蠍かぁ。これまでとは問題の種類が違う)
「お食事中失礼。魚と蠍にはいつ会う気なの?」
少し考え事をしている間に、皿は綺麗にたいらげられていた。美味しいものを前にすると気が緩むようだ。ぼーっとした顔で米のついた指を舐めている。
「明日〜。今日はもう遅いし、沢山食べて気分良いから」
せっかくの気分を台無しにしたくないのか。どうでもいいけど行儀悪い。
「勝算はある?」
「あってもなくてもどっちでも、時間ないし、蠍先輩には無理矢理にでも帰ってもらうよ」
「あんまり時間をかけるようなら殴って気絶させて強制的に帰らせるそうだよ、獅子が」
「何それ俺死ぬの?」
「嫌なら白黒つけてこいやって事じゃないの」
「ふーん。俺ホント水瓶のとこ来て良かったな」
「ふーん」
「もし他に来てたら、面倒そうな事が沢山あるもの」
ここ数日の行動を思い返しているのか、腕を組んでぼんやりしていた。
良かったと言うが、信条の邪魔をしないのなら割と誰でも良いのではないかと思う。おかげで自分と牡牛の距離は、逢った初日からほとんど動いていない気が。
助けてくれる桜などという幻想がないのは結構だが。
(乙女と双子と蠍が帰ったら、はいさよならって帰りそうだ)
しかし、その3人より、それを眺める自分の方が重要ポジションになる時もある。
「ねぇ」
「どうかした?」
「いや何でも」
『人間3人』と言った時の食いつきの良さ。これを見ていると何も言えない。
なのに3人共、誰も牡牛が来たのを歓迎していない。それを全部眺めるのも自分だ。
「本当に貴方が今やってる事で、貴方以外は喜ばないね」
「ん〜。全部終われば、俺以外も喜んでくれる展開になるんじゃないかって思うよ?」
そう言って包丁を取り出すと、真っ直ぐ水面に突き立てていた。