学校の廊下にて。必要以上に輝かしい笑顔の双子が語ってくれた。
「まずは、この辺の植物を管理してる人。その調査から初めっか!再会したら絶対モノにするから、まぁ見てろよ〜」
「よくわからないけど生き生きしてる双子先輩、嫌いじゃないぜ!」
「いや〜楽しいね!この充実感を分けてやりたいくらいだよ!」
「それにしても。その人の居る場所調べるって、すごい時間かかりそーだ」
「まぁなー。最悪どうするかな、何でも屋の川田にでも頼もうか」
昼食後も、双子のテンションは下がらない。こんなに放課後、早く帰るのを楽しみにする姿は初めて見た。
偶然出会った好みの人を捕獲するため、作戦を考えるのからして楽しくて仕方ないらしい。
「牡羊も協力してくれよ?着物着た明るそうな人だからな?」
「おぉ!俺が着物着たら、それに当てはまりませんか?」
こちらを振り向き、そのまま器用に歩き続ける。
「おいおい、重大な話してるんだよ?そうだな…歳は大体…」
「あ」
「ん?」
相手の小さな声に反応して、廊下の角で鉢合わせしかけたのをするりと避けた。
器用さが発揮されているというか、鮮やかと言える領域。
「すみませーん」
「い、いえ…こちらこそ…」
分身術のような行動を見て立ち尽くしたのは、
「蟹さん…驚きすぎです」
「ごめん、何が起きてぶつからずに済んだのか今でもよくわかんない…」
「んーと?そっか思い出した。牡羊とその兄貴がよく話してた事務員さんか」
話題に出したのは数回程度なはずだけれど。よく記憶してるな。
「そうだ。牡羊くん、山羊くんが探してなかった?」
「へ?いいえ?」
よかったな兄ちゃん。話題にされてるぞ(テレパシー)。
「以前車で送った時、あの子、傘忘れて行ったんだよ。真っ黒な折り畳み傘で席の下に入り込んでたから気づくの遅くなっちゃって。ごめん、探してなかった?」
…ベタすぎる。
次に接点作るにしてはベタな作戦すぎる。でも効果は確かそうだ。
(何より、あの兄がついに動いたか…弟は嬉しいよ)
「傘ぁ?傘くらいならそのへんに忘れたとか思ってるんじゃ」
「ちょっくら黙ってください!」
兄の恋を応援すべく、文明の利器を取り出し発信ボタンを押した。
3回コール音が鳴った後、
「ど…どーした?」
「兄ちゃん出るの遅い!」
「遅くないだろ普通だろ!何だよ元気そうじゃないか。次の授業があるから手短に言えよ」
「あなたは最近、黒い折り畳み傘を紛失したのではないでしょうか」
「牡羊が持ってるのか?なら良かった。どこにあった?学校?」
「作戦じゃないのかよ!」
「はぁ?」
ただの偶然だった。見直して損した。
会話が聞こえるよう、蟹にはすぐ真横に来てもらったのに。そんな必要なかったようだ。
「あのなぁ、手短にって言っただろ。傘があったんだな?それで知らせてくれたんだな?」
「蟹さん、はい」
「あ、うん」
「持ってるなら早めに教えてくれ、新しく買おうか迷ってたところなんだ」
「ごめん、今、電話代わった。蟹です。急いでるんだよね?じゃあ急いで話すね。
その傘の話を牡羊くんにしたら、電話かけてくれたんだよ。傘は牡羊くんじゃなくて私が持ってる。落としたのは学校じゃなくて、私の車の中」
「……………」
「どうする?届けたほうが良い?」
「…牡羊は、電話が聞こえる範囲内にいますか?」
真横にいる蟹と目が合った。こちらの声も聞こえるだろう、声を出す。
「ここにいるよ〜」
「うん。牡羊と蟹さん以外に誰かいますか?担任の先生とか」
「3年生の子がいる。牡羊くんと一緒に歩いてた子だよ」
「はいはいはーい!3年生です!」
自分の真正面まで来て声を出していた。
「3年生くん、牡羊を連れて会話が聞こえない所まで行ってもらえますか。煮るなり焼くなり好きにしていいから」
双子が最後のフレーズに反応したのを見てしまった。
「よーっし!お兄さんと行こうか♪」
「おい!おい!兄ちゃん!!」
ここでいたずら好きの先輩のおもちゃにされていなければ、
「…弟さんが言葉にしがたい目に会ってるんだけど…」
「多分大丈夫です。それより傘なんですけど」
「あぁ、うん、どうする?」
「今、何かメモする物と筆記用具ってありますか?」
「ん、あるよ」
「こっちの最寄り駅言うから、そこまで来てください。迷惑かけましたので、それで、何か渡したいので。何か…お菓子とか。うん」
「わかった、ただ…届ける場合は日曜まで待ってほしいんだよ。大丈夫?」
「大丈夫です 来 て く だ さ い !!!」
「わ、わかった」
この会話が聞けただろう。
「牡羊くん、話終わったよ。電話、代わる?」
「に、兄ちゃんは何て言ってます?」
「山羊くん、牡羊くんに代わろうか?………別にいいって。ちゃんと勉強しろよってさ」
「わ、わかりました。じゃあそのまま切って良いです…双子先輩いいいいいい」
「好きにしろだなんて、お前の兄貴も言うねぇ♪」
この後、耳をすませば、
「あんなに送ってもらうの嫌がってたのに、どうしたんだろう」
不思議そうに呟く蟹の声が聞けただろう。
今すぐ山羊の傍に行けたなら、
「…言っちまった…」
勢いに身を任せ、我に帰るなり冷や汗をかく姿を見れただろう。
蟹はお礼を言うと、弁当箱を包んだ布を手に事務室へと帰って行った。
双子から開放されるまで後10分かかった。