星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 078

中庭で食事していたら、声がかかった。
「牡羊ー!俺も御一緒しますよー?」
「はーい!…はい?」
「門の近くにあった桜、倒れたんだって?お前よく無事だったな」
「無事だったな、はこっちのセリフ!!です、双子先輩!!!」
これ現実か?現実だと思っていいのか?手のひらを爪で刺すと、ちゃんと痛かった。
「このメール何ですか?」
画像付きのメールを突きつける。『桜にさらわれたww』と書かれた、あのメールだ。
「何これ?俺が送ったの?え?え?いたずら思いついて送ったんじゃね?
ま、そんなに深い意味ないだろ。つーか、そんな何日も前の話は記憶してないよ」
「この画像の加工どうやったか聞きたいんですけど!?」
双子以外は真っ白な背景の画像を、顔にぶつける勢いで見せた。
「あっぶね!そう言われてもさぁ…どっかの壁?」
笑いながら缶ジュースの蓋を開けている。
「あ、あんたなー、俺がどれだけ考え込んだ事か…」
「こんなメールで?」
(待て。待てって。それ待てって)
「とにもかくにもこの数日間、何してたんですか?」
「別に?何事もなく普通だけど?」
おい…。
「桜がなんとかって話したのはそっちじゃあ…」
「桜が倒れちゃったんだろ?ま、そんなのは牡羊の方がよく知ってるわな」
体中から力が抜けていく気がした。
どうしてか、攫われていた期間もここにいた事になっている。双子のこの態度から察するに、周りもそう認識している。何より、桜の話に関する記憶が綺麗に消えている。
(ふざけんなって!あれだけ真面目に話してたのは誰だっての、協力はして…)
「そういやネットやってたらさ、うちの学校の名前があったんだよ、怪談系のとこに!
昔、書庫の扉が壊れて図書室の先生が閉じ込められたヤツ。あ、扉が新しくなった事もちゃんと書かれてたけどね?」
「……」
何事もなかった頃の双子だ。陽気によく喋る先輩だ。
『…ごめん。お願いだから絶対に、蟹さんに親戚の話をしないでくれないかな』
蠍の話をした時の天秤を思い出す。あれから蟹は、何も知らないまま日々を送っているはずだ。
ありえないだろ、と言いたげな呆れた顔を作る。そして諭すように、学校の先生みたいな口調をしてみよう。
「変な話が流行ってるんだな」
「牡羊、そんな話し方だっけ?」
(いいえ。これは俺から桜の話を聞いた兄の真似です)
今更恥ずかしくなってきた。それを見た双子が、何があったんだかと大声で笑っていた。
暖かくなってきた風と黄緑の芝生を堪能しながら、暢気に食事を再開した。
この話が12年に1度しか聞こえなくなる、その理由のひとつがわかった気がする。もし帰されたら、双子のように忘れるんだ。もし聞かれたら、天秤のように話を切り上げてしまったり、自分みたいに方法がわからないままだったりする。
そして、そんな人が帰ってきた人を迎えたら、
(もう、前の日常に戻してあげたいなぁ)
おまけに口を閉ざしているなら…そりゃあ、聞こえもしないわけだ。
「まぁいいや。あ、そうそう。ちょっと聞いてくれよ〜俺いい人見つけちゃってさ〜」
道を歩いていたら好みの人を見た、という話を延々とされた。食事が終わり、適当に学校をふらついても、双子のクラスに遊びに行っても、話は続いた。楽しそうだ。
「お前も見たらわかるよ、あの良さが!…何だコレ」
次の授業の準備をしていた手が止まり、クリアファイルの中から1枚の紙を取り出した。
「俺のじゃないなぁ…牡羊、これをあげよう」
「いらない物を処分しようとしてるだけじゃないですか…って」
この紙、スケッチブック辺りを破いたものだ。絵が描いてあった。
白黒で、所々擦れたような跡がある。鉛筆で描いた物を雑に挟んだらこうなる。木だった。
真っ直ぐに伸び、葉の生い茂った、いかにもテンプレな木。だが下手ではない。芸術についてはよくわからないが、上手な方に入る気がする。
「とりあえず取っといたらどうですか?捨てるほどじゃないですって」
「やだよ。俺のじゃないんだよ?何で持ってたんだろ…」
双子は、蠍に絵を貰ったと言っていた…ような。
(じゃあコレ…じゃなかった、この木…桜?)
言われてみれば葉の形が花っぽいような。
(じゃなくて、え?手放しちゃうの?)
思わず双子の顔を見るが、迷いは見えない。気持ちはわかる。全く見覚えのない物だ。
まして紙1枚だ。どう見ても授業で貰ったプリントでもない。
ゴミ箱行きになっても不思議ではない。もっと言えば、今この場でそうなってもおかしくない。
「俺にあげていいんですかー?」
「いーよいーよ、好きにしなって」
蠍をまったく覚えていない身としては、どう扱うべきか迷う。とりあえず、ゴミ箱行きを防ぐ為にも今ここで貰っとくべきと判断した。
「お守りになるかもしれないだろ。倒木騒ぎの関係者だろ、それ見てたらなんか木とか怖くなくなるし。ぴったりじゃんか」
喋っている内に、首を傾げてきた。
「まぁ、そんな感じがするし」
蠍は、そんな感じの人だったのだろうか。