人間の体は、成人だと約60%が水分。そう聞いた覚えがある。
桜の場合はどうなのだろうか。
「聞いてる?聞いてよさそりん…」
酒臭い。
最初は猪口だったのが、ペースが早すぎて盃に変えられたようだ。普段はお茶が乗る卓袱台には、壷に入った焼酎がある。
射手がやって来たのは昨晩だった。怒りを通り越して慌て青ざめたのだが、気がつかないのか降って来るなり魚に抱きつき泣き始めた。その間、3秒。
取り乱した相手を見ると冷静になれるものだ。着崩れを直し、どうしたのかと尋ねてみる。
「双子帰しちゃった」
意味を理解するまでに数秒かかった。
気の毒になり、とにかくよしよしと宥めていたら、すっかり混乱した魚が起き上がり叫ぶ。
「い、射手、お茶とお酒、どっち飲む?」
「酒!」
これが数時間前。
「だって…だってさ…」
「うん…辛かった…ね…」
寝ていいよ、と言われて自分に出来る事も少ないだろうしと、泣き声が響く中で何とか眠った。
そして起きた時に見たのかこんな光景である。
水分を50%は失っただろうに泣く射手と、必死で起きて相槌を打つ魚。これが夜通し続いたらしい。朝食を3名で食べている時も泣き、食べ終わると再び盃を引っ掴んでいた。
これが続く限り魚も眠らずにいたが、そろそろ限界のようだ。
「魚、私が代わるから少しは寝なよ」
少しは酒に付き合ったのか、頬が赤い。ぼんやりした目を手でこすっている。
え、何この可愛い生き物…と話を脱線させそうになるも、思いとどまった。
「徹夜するの苦手で…」
「私も苦手」
「お酒あんまり強くなくて…」
「私は…どうだろう…強いかもしれない」
「お茶ならあるからね…お酒はこれが最後…ごめんね…」
寄りかかる体を支えながら布団に連れて行くと、ふらふら潜り込み寝息を立てはじめた。
そして1時間ほど経過しただろうか。
(どこまで飲むんだ…どこまで泣くんだ…)
一晩付き合った魚が健気というかすごいと思う。
「さそりーん」
泣き酔いした声が自分を呼ぶ。呼び方については…今だけ大目に見る。
「双子くんを帰したのは自分の判断なんでしょう」
「そうだよー…なんで帰したら気にかけるんだーいっしょにいた時じゃないのは何故ー」
「この家に来た時、双子くんは、喋る奴が面白いと毎日楽しいって言ってた。射手の事、楽しいってさ」
「たのしいなら俺うれしいからだから少しだけ信じてよー…」
「存在を賭けられるわけがないとも言っていた」
「存在、賭け?さそりも?」
「当たり前。多少なりとも好きでなければ居れないよ、この状況」
「魚と蠍はしあわせそーなのに俺どうしてこーなったのさ?」
「急に逢った相手に存在賭けられる方が変わってるんだと思えば。双子くんも私を変わった奴だと言ったよ」
自分に言わせれば、双子も結構変わった行動を取っていたが。情報を集めても持って帰れるかはわからないし、クラスメートや後輩とタッグを組もうともしないし。
「双子くんは…あれか?人間不信とかになっちゃってたのか?」
精神的に疲労している人間だらけだ。
(もし射手が人間なら、どうだっただろう)
盃を煽ると、再び伏せて泣き声で、
「俺がんばったつもりだったんだけどだめだったのかー」
「まぁ頑張ってたとは思うけど」
「どーすればしんじてくれんの?おもてなしのせーしんなの?俺見た目いやすぎるの?」
「いや、悪い見た目してないから安心なさい。言う事聞けばそれで良いのなら、牡牛くんと水瓶くんのところは安泰だね。乙女くんと獅子くんのところは当の昔に終わってる」
「あいたいなぁ」
だから、自分で帰したんだよと言おうとしたら、相手が眠っているのに気づいた。