星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 075

「まだ来ないな」
壁があるべき場所を占領している真っ暗闇を見続け早数時間。
「賭けるか?勝手に使いやがって、このまま湯呑が返って来なかったらどうするよ」
「賭けなんかしない。理由ならちゃんとある」
昨晩、牡牛と水瓶が泊まった日。
同室で横になる牡牛の顔を覗き込んだ。寝ているのを確認。包丁が入っている鞄を開ける。
食べ物を自分の鞄に放り込みながら中身を確認。静かに台所に行くついででマッチを全部水に晒すと鞄に戻し、除草剤を取り、空き箱には代わりに湯呑を入れてみた。
「食べ物を全部取り出したのと飲み物を適当に補充させたので、元の重さが少しわからなくなっていたと思う。だが鞄の中身をちゃんと確認しているなら、そろそろ気づく…と思う」
「そういや、いつ飲み物やったっけ?」
「お前が水瓶と出かけた間。余ったものだし別に良いかなと。その時は深く考えていなかったが、牡牛が俺と同じ部屋で寝ると言った時にコレ使えるんじゃないかと。良い機会だな、って」
「取り出してもばれないのがコレだけ、ってのも何だ。他にもまだあるのか」
畳の上に置かれた除草剤を嫌そうな目で見ていた。
たしか植物を枯らせる農薬だ。原液とラベルに書いてある。これは全ての植物に使ってもちゃんと枯れるのか、どれくらいの早さで枯れてるのか、詳しい事はわからない。ただ、ドラッグストアで売ってる品だったはずだ。手に入りやすかったのだろう。
「マッチはさっき言ったな。他には殺虫剤とライターが数個。包丁も含めて、全部新しそうだった。
水瓶を脅す前に買ったのかと。財布は無いので、何日かに渡って集めたのかもな」
忘れていたはずなのに、どうしてそこまでしたのか。
「大切にされてる事で。俺ほどではないけどな!」
(そうか、大切にさせてるのか)
獅子を見ると、派手な着物がただの引き立て役になるほど、場違いな自信に溢れた顔で笑っている。思えば初めて逢った時、完全に雰囲気に呑まれてしまった。
「お前と牡牛は随分違うと思うけどな、比較対象にしている辺りが色々とすごいな」
何年も一緒にいた人間と数日一緒にいた桜だというのに。
しかし一方で、比較対象になれるなとも思ってしまう。あれだけ圧倒的な雰囲気で誰かを捩じ伏せられる存在は、そうそういない気がする。
「牡牛の反応を見たいんだ。俺の持ち物じゃなくてお前の持ち物を持って来るか、返しに来るか」
出会い頭に刃物を突きつける人なら、湯呑のひとつくらい返しに行かなくても良いし行きたくもないと、その場で叩き割るかもしれない。
(俺が知ってる牡牛はそんな奴ではないけれど)
好感を抱いていない相手の物でもごちゃごちゃ言わず返しに来る。そんな奴だと思ってる。
「こそこそした真似しやがって。それでも男か」
「幼馴染だから少しは何とかしろって言ったのはお前だろうが」
「あー、そんな事も言った言った」
「根拠は何だと聞いたら、何て返したかは覚えているか?」
「あの時、眠かったしなぁ」
「…後で思い出せよ。せっかく少し出来たというのに、何か言う事でもないのか」
言い終わる前に、座り込んだまま手を伸ばしてきた。
顔に触れる直前で止まった。傍から見ていたら、頬を撫でたように見えたと思う。
「…少し調子に乗っただけだろ。何?何か用ですか?」
「はぁ。乙女、お前は何か勘違いしてねーか。俺はただお前の一瞬考えた顔が見たいだけで悪意は無ぇ」
こいつ、自分勝手さに磨きがかかってないか。
手を完全に離すと、扇子を取り開いている。優越感に浸った得意気な笑顔だった。
「どうかしたか?」
「何でもない」
腹立つ。真っ暗闇に向き直る。数十分後。
「こんにちは〜」
よく知った声が聞こえた。
「こんにちは〜。除草剤だっけ?私が預かりに来たよ〜」
「よぉ。…水瓶が預かるのかよ?」」
「どうせ獅子達だって、持ってても邪魔でしょ」
「さて、と。ここでお茶飲んだ時、見た覚えがあるよ。これ獅子の物じゃないか。返す」
牡牛は畳の手前まで歩いてくると、鞄から湯呑を取り出し除草剤の横に置いた。
「いや〜サクッと騙してくれる幼馴染持って幸せだよ」
「すぐバレるかもな、と思ったのだけど結構鈍い幼馴染持って幸せだ」