星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 072

学校の外を歩いていた。いつもは授業が終わり次第、帰宅しようとせず、放課後ダラダラしているが、今日は何故か早く帰りたい気分だった。
最近面白い話を聞かない、どこかに転がっていないだろうか。暇すぎて死にそうだ。
(それにしても)
どうして自分は街路樹の横につっ立っているのだろう。
萌黄の葉をつけた、こんな木の横に居ても何も起きないのに。帰ろう。……。
(見てるとモヤモヤするというか)
振り返り、先刻立ち止まっていた木の横に戻った。よくわからないけれど、すごく気になる。
同じような木がそこいらに並んでいるというのに、この木だけ違って見える。どこが違うのかと聞かれても説明できないが、とにかく。
(…見た目は、特に他と違うってわけじゃないよなぁ)
動物愛護ならぬ植物愛護にでも目覚めたのだろうか。この木限定の。それは結構だが、今の自分は明らかに通行の邪魔である。しかもこういうのは小学生あたりがやるなら傍目から見て可愛いかもしれない。
しかし自分は高校生だ。変人と思われない内に立ち去る事にする。……。
(なんだコレ)
「さっさと行かんかい!」
後退りしかけた。
もう一度だけ木を見ようと振り向いた先に、オリーブ色の着物を着た男がいた。突然現れて地団駄踏む様子が、全然怖くない。むしろ気さくそうな雰囲気を引き立てるというか。そのくせ着物が馴染んでるのもまた良いですねというか。
しげしげと眺めてしまったが、
「まず聞きたいんだけどさー、誰だよ」
いきなり怒らなくたっていいだろう。それとも、この木はこの人のものなのだろうか。
相手は動作を止めて目を見開いた。が、すぐにその目を逸らすと、
「思わず出てきちゃったじゃんか…戻ってくるから…」
「俺、そんなに大変な事しちゃったっけ?」
何か言いたげな顔をしていたが、咳払いすると喋り出す。
「春になって、日が長くなってきたからね。遅い時間になっても気づかず乗り物に遅れる子がいるんだ」
「あ、そういう事か」
なんだ、良い人じゃないか。でも心配しすぎじゃないのか。
「そうそう。だから、早く行った方がいいんじゃないかとね?」
笑顔で肩を竦める様子を見た瞬間、小さな疑問は風と共に吹き飛んだ。
(俺の好みだよこの人!)
迷うことはない。恋とは突然始まるものだ。
「ここの木の管理してるとか?俺、この近くの学校に3年通ってるけどさー、初めて逢ったよね?もしかしてそっちは見覚えあった?」
「そうだね、そんな感じだよ。随分前からここにいたよ。今、見てた木は桜なんだよね〜」
「…あぁ!あったあった!冬に咲いてた!冬桜ってやつかぁ」
「冬に咲いたら見てやってね〜」
今の言い方だと、ここに来れば逢える可能性高しという事か。
「知らなかった〜。ねぇ、他の木も解説頼める?」
「これ以上邪魔しないから、帰っていいんだよ」
(作戦失敗した!?)
おそらく時間帯が悪すぎた。今日まで放課後意味なく居残り遊んだ自分を殴りたい。
(仕方ない…次に逢う約束とりつけて出直すか。しつこい男は嫌われます)
「ごめんごめん。でも、この辺に来ればまた逢えるんだよね?」
「うん」
「じゃあ、その時に頼むわ!俺は、双子って名前。そうだ、まだ名前聞いてなかった」
「俺の名前?」
「当然!」
「そっか、だよな。射手だよ」
「ふむふむ。じゃあ射手、またな」
「はいよ。じゃあ双子、さよなら」
お互い笑って手を振る。今度こそ歩き始めた。今度逢ったらどうしようか。思い切って、近場で良ければ旅行にでも誘おう。