帰りながら思った。このままだと自分も射手も人間がいる場所に出れなくなる。世界数周旅行のように、動き回りたいなら今の内だ。
気分が変わったせいか、物の見方も変わる。色和紙だらけの鮮やかな空間も、これはこれで面白い。
「無重力にも慣れれば楽しいな〜」
「そりゃあどうも」
万華鏡を仕舞わず、手に持ったまま、
「ところで、ここは俺の家なわけですが」
当たり前の事を改まって言ってきた。
「知ってるよ。何日ここにいると思ってるんだよ」
「今回を合わせて2回。1日もいないね」
「は?」
疑問。射手は何も言わない。かわりに、万華鏡を手の中で回す。
「はい、ここがいつも居た場所」
「真面目に聞くけど何が違うんだよ…」
何ひとつ変わった部分などないように見える。それ以前に、移動した気もしない。鼻で笑ってやった。
「さっきのが家。ここは移動の時に見てる別物。旅行から帰った時くらいに言ったさ」
「見分けがつかないっての。どのみち射手が所有してるものだろ?」
「ま、それはそうだ」
その説明を受けた時も思った記憶があるな、見分けがつかないって。
「それはそうと、俺の提案聞けって」
「ん?」
「人間側に来た桜と、桜側に住んだ人間の話聞いて思っちゃったんだよね。お前がむこうに住むのもアリなんじゃね?」
「双子と一緒に人間がいる場所で暮らすってわけね」
「人様を連れて来ておいて、自分は嫌ですなんて言うなよ?いや、連れて来たって言い方もやめようか。
攫って来た。射手も獅子も魚も水瓶も、全員『攫う』じゃなくて『連れ込む』って言うよなー」
「攫うって言われるより、聞いてて楽でしょ?」
「楽ねぇ。別に間違ってもないからみんな訂正せず合わせてるんだろうけど。まぁ俺も『連れ込む』方針でいきますかね」
「で、むこうで学生さんや勤め人になって生活するんだな」
「今から学生は無理だろ。入試試験のシーズン終わってるよ」
少し頭を抱えた。生活する上で知らなければならない最低限の事について、説明が必要そうだ。
こういう事は、桜より人間の方が複雑かもしれない。
(生活か…。こいつら、ゆるい法律の下とはいえ、人間ひとりを養える力があったんだねぇ)
「俺、行かないよ」
ついさっき、嫌ですなんて言うなと釘を刺したはずだが。妙にキッパリした声だった。
「ないわー。ソレはないわ。そりゃあ言い返せないところはあるけど、それでもキッパリしすぎ」
「…案外気づかないなぁ。移動に使う空間についてツッコミ来るかと身構えてたのに」
どうしたのかと、ポカンと射手を見つめてしまった。
やはり万華鏡を振ると湧いてきた自分の鞄を、渡されるままに受け取る。本当にどうしたのか。
「ここは家の外なんだよ?」
「すまん、わからん」
「機械、俺の家では使えないけど、ここでなら使えただろ」
圏外だったのに、万華鏡を少しいじるだけでアンテナが1本立ったのを思い出す。おかげで牡羊と牡牛にメールを送れたのだった。
「でも家の外?外なら周りの景色が変わるはずだ」
「別に人間を攫う為だけに外に出る事ないじゃん?俺は最初、旅行がしたかったんだよ。ここはその時使おうと思って作ったんだけどさ」
…テントや寝袋みたいなものだろうか。
聞きたいけど聞きたくない質問が浮かんだ。自分があれこれ考えているのも攫われた事に不満なのも、全てお見通しな上で今まで一緒に居たのでは。家からここに移ったタイミングを思うに、人間と連絡が取りたそうなので、わざわざここに移動して以来そのままだったのか。
(ていうか、こいつ俺と居るために旅行の計画潰したのか?俺と居るために?)
信じられない馬鹿馬鹿しさなんだが。
以前、こう言われた。『居るも帰るも自由に選んでね』『機械苦手なんだ。機械にはどこまで影響出るのかねぇ』。
家の外に出ている。ここには機械類がない。という話。遠まわしすぎる。最初からそう言えば良いものを。
(…何で今、こんな話をしてるんだ。何で射手は、急に肝が据わってるんだ)
落としていた肩に、腕が乗った。自分の頭は射手の肩に乗る。取っ組み合いの喧嘩になれば勝てるかもしれない体をしていたんだなと思った。
「起きるの遅くなったからお腹すいてないかとか。話す人少なくて寂しくないかとか。抱きついたけど重くなかったかとか。考えるのが幸せ、って。良いなーって思ったんだけど」
「もしかしてそれ、蠍と魚の事?」
耳元で頷かれる。顔が見えない。
「もう人間のとこ来ちゃえよ。いいじゃん、俺居るしさ」
「良くないなぁ。暮らす際の面倒も、いざとなったら守るのも。出来る?ちなみに俺はご覧の通りだった」
黙って聞いていたが、背中に手を回した途端、これがあれば頑張れる気がしてきた。勢いが消えない内に手で少し引き離すと、射手の顔を自分の目の前へと持っていく。
「らしくないなー!何とかなる!」
「そう?まったくいっつも明るいなー!一緒に暮らす?いいねー」
笑っていた。笑っていたが。信じていない事を言うとこんな顔になるのかと、こちらが固まった。
(ここ数日、射手とこんな顔で喋ってたのか?)
場所を移動した時点で既に悪い結末を予想していたなら、最後の最後に射手の方が肝が据わるのも当然の成り行きなのだろうか。
「楽しいだろうな!一緒なら楽しいのだけは確実!でも双子が一緒じゃなくていいなら俺わかった!」
腕の中に預けられていた身が起きる。待てと言いかけて、充分待たせたと思い言葉を飲み込んでしまった。
「わかってた!先延ばしにしてごめん!」
真上に投げられた万華鏡を見て、目の前の相手に掴みかかるも廻し合羽が外れただけだった。
(嘘でいいから、好きとか言っときゃよかったな)
万策尽きたまま何となく万華鏡を見て、楽しかったなと思った。