「まず、昔ね、人間がいる世界に興味を持った桜さんがいたの。興味を持つだけならともかく、本当に人間のいる場所に行けるようにしちゃった。その桜さんが情報や法律の穴をかいくぐって通路を見つけたっていうか…」
「船で旅して新大陸見つけるようなものか」
「黄金の国ジパングとか言われたのかね」
「真面目に答えると、昔の話すぎて俺達にもよくわかんない。双子だってマルコ・ポーロに会った事ないはずだよ」
500年以上前の人物と面識があったら怖い。
「偉い人の反対無視して、桜と人間が逢えるようにしたのがその桜さんです」
「それと決め事と、何の関係がある?」
「その桜さんが亡くなった時に、一旦その道が閉じた話をしときたかったから。道を確実に自由に行き来する方法を知ってたのが、当時はその桜さんだけだったから」
ここでひとつ、自分は射手に言っておこう。
「射手、お前、この辺の説明省いただろ」
記憶などはともかく、こういう話になったらフワッとした言葉で終わらせていた。
「一度に色々聞いたら頭痛くなるじゃん?詳細語ると鬱になるし」
「話戻すよー」
魚がお茶を片手に言った。
「さっきの桜さんの遺品かき集めて、再び道を開けた桜くんがいたんだってさ。でも、むこうに行って帰ってきたものの再び閉じられない。こうして道は復活しましたとさ」
「迷惑だな」
「それから12年、行き来し放題人間連れ込み放題だったそうな。うっかりやらかしちゃった桜くんは道を塞ぐ事に尽力したそーだけど。12年かかったらしいね」
「また塞がれたのか」
「続きがあってだね。12年に1度の期間はね、その桜くんが閉じれた通路を自分で開けて、何日かそっちで暮らしちゃって。その数日間も開けっ放しにしたそうで、欠陥が出来たんだよ。
そのせいで12年に1度開くようになった…らしい」
「その桜はどこにいる」
「もう亡くなってるよ。この件のせいで、連れ込む人間は君達の学校関係者を5人に限定されたの」
「また塞いだ奴がいたからこそ12年に1度となったんだよな?そいつは?」
「亡くなったよ」
尋問していた乙女が止まった。ここの『亡くなった』が前のふたつとは雰囲気が違う。
(この桜だけは知った顔か)
「俺達、見た事あるよ。カメラ持った人間と写真片手に騒いでた。さっきの2組も桜の写真撮ったらしいんだよねー。何で人間って写真が好きなんだろ?」
自棄になって喋っている。射手は、こんな時でも笑ってみせるのだなぁと思った。
「…今のも合わせて全部で3組になるか」
「そうだよ」
「2本と1組でも3本でも3人でも3名でもなく3組か」
「乙女ちょっと空気読め…っていうか、それだけ頭が回るなら最初からそうしようよ」
「いきなりいつでも頭が働いたりしないと最近学びました…あとひとつだけ聞いて良い?」
「しつこいねー。俺で良ければ答えるよ?ひとつだけ」
珍しく眉を顰める射手。どうしてこうなった、と砂糖菓子を口に放り込む。
「3組の内、最初の2組が学校の校長か?1組目は桜植えてて、2組目は移転した年に勤めてた。この学校関係者に限定した理由はそれだと俺は思ってる」
「さりげなくふたつ質問してね?…いいや、ひとことで終わるから。そうだよ」
砂糖の味がしなくなってきた。
「何で知ってんの?獅子が言ってたの?」
「いえ、牡牛が書庫で少し妙な物見たって言ってたので」
「…よかったぁ。その妙な物作ったのが3組目の人だと思うよ」
「この流れだと人間3名も亡くなってるだろ…うん、死者でまくりだな」
よくもまぁそれに自分達を巻き込んでくれたものだ。
なまじ成功例もあるせいで、自分は大丈夫だと根拠もなく攫う桜が後を絶たないのだろうか。話し疲れてお茶を飲み干す2名を見て、何とも言えない気分になった。
ただ、驚いたものの今後を左右するような話かと言われるとそうでもないと思う。推定半世紀以上にわたる事件の特例だし、トンデモ展開にも慣れてきたというか感覚が麻痺してきたというか。
「ありがとう。…獅子が言っていた事とほとんど一致した」
「…確認作業がしたかったのか…」
「来た日に全部聞いたんだ。お前が言っていた通り、一度に聞いたら頭が痛い」
「え?俺と会った時には大体の情報知ってたの?」
「大雑把にですけど。口頭ですけど。何度も聞き返すの嫌なんで真面目に聞きました」
さてはこいつ、情報をよく知らないふりして獅子からの説明を補ったり確認したりしてたな。
(げに恐ろしきは後輩達よ)
ふと思い出す。射手に攫われる数分前。牡羊と牡牛と自分の3人で話して疲れた。結果、自分は被害者
なら楽だったと思った。
その時のひとりごとも頭に蘇る。
『誰でもいいから気分変えろよ。パーッと楽しい事してくれよ』
ここに居れば自分は被害者だし、旅行にも行けた、射手も良い話し相手だ。
…。…もしかして。…もしかしなくっても。
(ここに居るのって、そんなに悪くない?)
まさか。自分は情報だけ貰って、さっさとこんな所からおさらばしたい。
…おさらば、したいか?
(…柄にもなく先輩ぶるからかねー。さっき皆で喋ってるところを見て、俺が望んだ光景はこれだって…)
ひとつ言えるのは、自分の望みは射手が叶えていた。
むこうの生活も良かったが、ここも悪くないのでは。臨機応変に生きるのも楽しいのでは。
(あー、最初から好きな路線でいけばよかった。さっきみたいに集まって騒ぐ、ささやかな幸福だねぇ)
出発点は悪くないはずだ。射手がいる。第一印象からして良くて、告白されて、付き合っちゃいたいと思った男がいる。逢ってから何の進歩もないまま6日も経ったが、
(いけるだろ。まだ遅くないだろ)