星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 066

「乙女と双子先輩と蠍先輩を帰してもらう為に来た、それだけ…って、これ言うの何度目かなぁ」
お茶をひと口飲むと、しみじみ語る牡牛。
「くつろいでんな」
「これ美味しいね」
砂糖菓子を食べ、のんびり笑う。のどかな姿も状況を考慮するとシュールだ。
「マイペースな子だね」
「飲み食いしなきゃやってられない気分なんですよ。水瓶に状況の詳細を聞いたけど、頭痛がする。こんな場所に7日も居て、落ち着いた顔してる蠍先輩、相当な神経です」
「自分から脅して話せって言ったくせにさー」
「体験してみないとわからない事があるんだねぇ」
苦笑していた。
「そうさせたのは貴方だ。聞いたからって落ち込まれても困る」
…初対面とはいえ後輩。第一ここに人間側は自分しかいない、
「水瓶って言ったっけ。それはそうだし、牡牛と話すところを聞いたわけではないけどね、知ったら生死について考えたくなる内容だと思うよ」
弁護はしておいた。
水瓶が牡牛と会ったのは5年前だという。自分を随分気に入ったこの人間を、ひそかに覚えていたそうだ。
だからこそ、そんな相手にあんな説明が出来た神経は摩訶不思議。
「なんやかんやで俺は平気ですよ」
「私もだよ。だって、これからもここに居る気だもの」
「そうですか。俺も、この桜4名から選ぶなら魚と生活するのが穏やかそうだと思います」
「何か言いてー事あるか!?」
「ちょっとそれ私はどうなるの」
獅子と水瓶の苦情は聞かなかった事にしたらしい。話は進む。
「でも、人間としての生活を捨てるほど魅力的な生活とは思えないんですよ?」
「わからなくてもいいんだよ」
これを聞き、怒ったように落ち込んだように拗ねたように俯かれた。
「私にとってはもはや自然で本当に心地良い感情なんだから」
「乙女も双子先輩も、そういう意見ですか」
正直、牡牛にとって初対面である自分の優先順位は最も低いのだろう。帰る気がないと知れば尚更。
「どうだろう。実を言うと、私は双子くんと知り合って1ヶ月も経ってないんだよね。乙女くんに至っては1週間も経っていない有様で。それは向こうも同じだし、ここにいる人間って事でひとまとめにされてるけど、実はそれほど交流ないんだ」
「あーそうだった。つい最近まで記憶損失だったんで、その時考えてた事と今考えてる事がごちゃ混ぜになってるんですよ」
(…どうせなら蟹さん辺りに少し思い出せてもらえれば…なんて思っていたけど、撤回しよう)
傍から見てると怖いというより悲しい。
水瓶を脅したというインパクトが強すぎて、ここに来ようとする寸前までどんな生活をしていたのか、ここに来た瞬間どう思ったか、ふたつの生活を比べるとどう感じるか。想像するのを忘れていた。
(それを言うなら双子くんもだけど…)
双子の場合をどう見るべきか。6日もこちらに居ると思うべきか、1日誰かが消えた場所に身を置いていたと思うべきか。5日置いた例が目の前にあるが、この子は相当神経が丈夫そうだ。
(今、発言するべきか…)
ほとほと困って、助けを求めるように水瓶を見た。
ここに居る気だと言い切った後では、牡牛の意見を弁護したところで説得力がない。説得力がないだけならまだしも、自分の意見と矛盾する。
完全に、意見を述べるタイミングを間違えた。
(今は頼ってみたけど…直接見たわけではないとはいえ、やっぱり水瓶の行動が不思議)
昔から知る人間なら思い入れがあるだろうに、こちらに来たらどう思うか想像できなかったのか。
脅されたので言いなりになるしかなかったのだろうか。でもその後、攻撃という名の防御にでた獅子の行動を放置したり、どうやっても水瓶より牡牛の味方をしそうな乙女の行動を取り入れたり、やっぱり牡牛の行動を補助したり。大体、牡牛が怖いなら家に泊めたりできるのか。
思えば自分達がここに来た時、家を訪ねた理由は(自分の場合は射手がいたので帰ったと双子から聞いたけど)
要約すれば『人間を連れ込んだと聞いたので見に来た』。その割に、自分、双子、乙女、どの人間にも興味を示していない。他人の恋愛にも桜の話にも入れ込んでいなかった。人間好きでもなさそうだった。
助けを求める為に向けた視線が訝しげな視線に変わる。
(この桜、何がしたいかが1番わかんない)