「無理矢理好きになってもらっても嬉しくないけど、存在くらい知ってもらいたいでしょう。
じゃあ、好きになってもらうか一生存在を知られないままか、どちらか選ぶならどうする。好きになってもらうな、僕は」
「嬉しくないって言ったじゃんか」
「選べるならの話だよ。勿論、そんな無理矢理な事にならなくて良かった」
笑いかけてくる魚に、悪意は見えない。魚の横に居る蠍も自分の横に居る射手も反応しなかった。
明日の件について連絡しに来たついでに話しかけた、『蠍が魚を嫌いだったらどうする?』。
『とっても嫌な話、でも』。蠍は顔色ひとつ変えなかった。
「ところで、水瓶のところに来た子…牡牛君だったかな。蠍の知ってる子なの?」
「いいや。そもそも、水瓶という桜をまだ見てないよ」
「2年だから俺達の後輩だね。で、水瓶は牡牛を知ってたそうな。相当怒ってるわ。まぁこの話に振り回された挙句の行動らしいから、注意しつつも大目に見てくださいな」
「会った事ない私が言うのもなんだけど、言われなくても注意したい」
「だからって、あんまり酷い仕打ちしたら乙女が怒るよ。あいつら幼馴染だし。昨日知ったけど、どっちも怒ると何やらかすかわかんないねぇ。現在の被害者は水瓶」
「水瓶が人を連れ込んだって、すごく意外」
蠍の肩にもたれながら呟いた魚は、本当に意外そうだ。今まで黙っていた射手が口を開く。
「だね〜。私は私の幸せを優先しますので、貴方は貴方の幸せを優先してくださいみたいな奴だと思ってた。博愛主義の個人主義というか」
「でも、脅されてるからな…」
現在、最も気の毒な桜だろう。
ま、魚と蠍が案外素直に明日の話を了解してよかった。と一息ついた途端、風を感じた。
ひらひらと花びらが卓袱台に落ちる。この風景には覚えがある。扇子を鳴らすと、その場を中心に花吹雪が起き、花が目の前を横切る度に景色が変わったのを覚えている。
宙に舞う花びらを切り裂いて現れた、藍色の傘にも見覚えがあった。
「獅子、水瓶。どうしたんだよ、集まるのは明日じゃないの?」
「それで間違いないよ。私達は、ちょっと連絡に来ただけ」
傘を畳む水瓶が悟ったような顔で言った。横に居る獅子も何だか真剣そうだ。
「乙女と牡牛は?どこに置いてきちゃったの。ダメじゃん、双子を連れてる俺を見習いなさいな」
「お前が見つからなくて探した身にもなれ。もう見つけたから良いけどよ。牡牛は水瓶がうちに来た時、乙女に任せて来た。冗談言ってる気分じゃねぇし要件だけ言うぞ」
随分と早口だ。
4名が近くに集まると、聞き取れないほどの小声で話し始めた。あの暢気な連中にしては珍しい。
触れないほうがいい話題なのか。蠍の横で黙っている事にした。
「確かに伝えたよ。あー、後の事はひっそり済ますそうだから…」
言うだけ言うと、さっさと帰ってしまった。
「…明日の打ち合わせってわけじゃなさそうだね」
「うん、ちょっとね」
青くなった魚が俯いた。
「俺達も連絡に来ただけだったし、そろそろ帰ろっか。じゃ、明日は迎えに来るから」