星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 059

まさか、父親ではなく兄だったとは…幾つ違いなのだろう。失礼な事をしてしまった。
この状況で静かに『迎えに行きます』と言うのだ、多少、年の離れた兄弟なのか。
「弟がお世話になっております」
そして学校に来たお兄さんは、自分と大差ない歳に見えた。
(てゆーか、似てなっ!)
しかし、いざ、保健室で見比べると、叫びたくなる程でもない。雰囲気が180度近く違うだけだ。
「はっはっは。そんなに弟が心配かい兄ちゃんめ」
「牡羊、今何が起きてるか気づこう」
被害者はこんな感じなので実感し辛いが、事故が起きた。現在、桜があった場所は大騒ぎになっている。お兄さんには、桜がある門は使えないと伝えておいた。
「…しっかりしてるお兄さんですね…」
「でも、普通の子だと思いますよ」
この兄弟と蟹は仲が良いらしい。牡羊が蟹と親しげなのは知っていたが、お兄さんもか。
(…失礼ですが、お兄さんはお幾つですか)
「せっかく来たんだ、宿題やっていってよ!」
「それは自分でやれよ」
「あぁちょっと!怪我人なんだからね!?」
ベッドから降り、横に置いてあった鞄から宿題を出す牡羊をお兄さんが叱り、蟹は慌てて2人の傍に走る。椅子に座っているお兄さんに手渡されたのは、自分が出した宿題だ。何だ、数時間前見たヒーローのような少年はどこ行った。
「だってさー。天秤ちゃんがこんな難しい宿題出すから…」
間。
「…それって、あちらにいる先生の名前じゃあ…」
はい、電話口で名乗りました。
「山羊くん。牡羊くん怪我してるからね」
「わかってます。すごく大丈夫そうで安心しました」
「敬語は一応使ってたからね」
「はい、そうする様に言ってきました」
「まぁそれはそうだね」
あぁ、山羊という名前だったのか。山羊は牡羊に無言の圧力をかけている。
「…まずいな」
「まずいな、じゃない」
「いいや。私もまずいなと思うよ」
時代が時代なら刀片手に切腹命じそうな雰囲気を『まずいな』で済ます辺り、年月を感じる。
「その件については後日、私からも再度言いますので…」
声をかけると『後日も再度もねーよ担任』という圧力が飛んできた。なんかすいません。
(山羊さんは山羊さんで、我が強そうだなぁ)
台風の目は何やってるのかと様子を伺う。自分と山羊を交互に見ていた。
(何だろ…)
無意識に見ているという言葉が合っている気がする。
「そーだ。天秤先生に聞いたよ、家にはご両親が不在なんだよね。ひとりで来たの?」
「え、はい。丁度、電車もあったので…」
「明日は予定がないの?」
「え!?い、いえ…学校があります。うん」
「それならもう、一人暮らししてるところへ帰った方がいいかもしれない」
蟹がこちらを向いた。
「お兄さん、私が牡羊くんを家まで送らせていただいて良いですか」
山羊は学生だったのか…と驚きながらも、表面には出さずに頭を下げた。『迎えに行きます』と言っていたが、この天気では少々危ないかもしれない。
…それに、車でもないと怪我人を迎えられないだろうと思う。
「私、住所がわかるなら2人共送れますよ…?」
生徒を心配して混乱したという認識の蟹が止めるのも無理ないか。でも、桜がない今となっては平気だ。
「車に自転車も乗せるつもりなので。体調も大丈夫です。無理なら電話をかけられません」
少々揉めた末、渋々といった様子だが、承諾してくれた。
「じゃあ山羊くん、君は私が家まで送って良い?」
「い、家って!?」
「家がダメなら駅まで。交通費は負担するから。ね」
「あ…ぁ、…。…え、えぇ、はい」
…ねぇ。ちょっと。いや。まさか。ないないきっとない。