「すぐ戻るから」
この人も、全然言う事聞かないなぁと思った。2度も行けって言ったのに、返事が「すぐ戻る」か。
折った枝を捨てて桜を見る。伸びてくる。折る。伸びてくる。折る。
動く枝を折るだけの簡単なお仕事です。なんて冗談考えなきゃやってられない。
(捕まったら終わり…か?)
捕まるくらいなら片腕くらい良いや。手の甲が赤いのを見て枝に叩きつけた。勢いが止まる。反対の手で折る。自分も結構頭使えるなと感心した。感心していると首の横に雨風を切る音と乾いた音。
飛びのくと両手で下に折り曲げた。こちらは全力で押したのに、折れた音は軽い。骨折した時を連想し、頬に雨以外のものが流れる。そこに花びらがべたりと張り付いた。
(死んだら終わり!?)
攫われるのではなく殺されるのでは、あの話、看板に偽り有りだ。せめて攫ってから殺せと言いたい。
膝から血が出る足を止め、今後自分に起こる事について考えた。攫われるのか、殺されるのか。
「…そんなに差がない」
どっちも嫌だ。以上。考えるのをやめた。
何十本目かの枝を掴む。折らなかった。折らないかわり、手に力を入れた。
そのまま幹を蹴り飛ばすと、反動で枝も折れる。枝を折るだけではきりがない。でも枝が向かってくる以上折らなくては危ない、しかしそれを続けていると体力が消耗されるだけ、何かないか。
(これにしよう)
幹に近づこうと努力する。花や葉から滴る水を浴びながら、蹴った。枝が腕に絡んでも蹴りやすくなると思えば悪くない。かえって蹴りやすい。蹴った。
きしむような音がした。
(いける)
どうせ死ぬかもしれないなら、一発でも多く殴りたい。
目を見開いた時、枝がポケットを掠った。スマートフォンが宙を舞う。枝がそちらに伸びる。
「これは壊すな!!」
落ちる前に取られる前に飛びつき手にし、自分はまだこれだけ動けたのかと驚く。驚きながらも枝を無視して幹に殴りかかった。さっき壊れちゃいけないものが壊れかけた。
(もういい終われ!早く終われ!俺が勝つ!)
蹴り飛ばすと、逆方向に転倒した。カメラの横に仲良く並ぶも、気を失っている場合じゃない。慌てて立ち上がる。
桜は、枝は伸びてこなかった。ただ、何かがはがれる様な音がする。
「…な」
何だよ、という言葉は飲み込まれた。
気づいた時には校舎の方へ走っていた。
聞いた事のないと振り向くと、桜が門の方向へ倒れている。唖然としていると、天秤と蟹の声がした。
心配しているようだった。それでも真っ先に聞かずにはいられない。
「あれ、何なんですか」
折れた部分から覗いた、樹皮ばかりで中身のない、折れた幹を指差した。
それから、少し後。
電話がかかってきた。家からの転送だった。
セールスだったら切ろうと面倒がりつつ電話に出ると、若い男性の声だ。ついこの間、卒業したばかりの高校からだった。
「…風が原因の倒木という事でしょうか…いや、怪我が軽いなら…。…あのー、父親ではなく兄です。
…はい、両親が出張中でして、家の電話が転送されるように…。…だ、大丈夫です、偶に電話口で父と間違えられますんで…。…わかりました。…」
電話を切ると、横にいた友人に言った。
「ごめん、弟が事故で怪我したらしいんで迎えに行ってくる」