渡す物がある、と天秤は言っていた。
逃げ回っていたのが、部活が終わって帰ろうとした時、ついに捕まった。
「うっわ、どこから湧いてきたの」
門へ向かう途中、腕をつかまれ驚いた。
「渡す物があるって朝から言ってるでしょう…。さっき廊下で蟹さんに会ってね。牡羊くんなら帰ろうとしてたので、自転車置き場に向かったのでは?って言ってた」
(蟹さん、恨みます!)
「はい」
押し付けるように渡されたのは、数枚の写真だった。
「…桜?」
庭園の出入り口に咲く派手な桜。公園に咲く細い枝が印象的な桜。緑の葉をつけてはいるが、確か冬に花を咲かせていた桜。どこかの林で草花と共に写る桜。
「この辺に咲いてる桜は、大体それで全部」
「…何で?」
「桜が気になるのなら、少しは役に立つかと」
「いつの間に」
「土日に撮った」
シャツのポケットから取り出したのは、小型のカメラだった。
正直、知っている桜ばかりだし写真を持っていても役立つ用途が思いつかない。それでも、
「ありがとうございます」
牡羊の、あまりにも素直な態度に面食らう。
元気が有り余っていて気も短いけれど、
(裏表がないだけか)
笑顔を隠そうともしない様子に、調子が良いなぁと呆れながらもつられて笑ってしまった。
牡羊は鞄に写真を仕舞うと顔を上げ、
「でも、どうしてあの木は?」
写真に伸ばした手を止め、別方向を指差す。学校に咲いている桜だ。
「あぁ、あれは写真を撮るまでもないかと思っていたんだけれど」
門の近くに咲いている桜に近寄る。雨に加えて風が強くなってきたせいか、外に出ている人はいなかった。そういえば自転車も牡羊の物しかない。賢明な生徒はこれ以上天候が悪化する前に、大急ぎで帰ったのだろう。
そういえば牡羊に慣れていなかった頃、彼の姿を見るなり隠れてしまったのはこの木の影だ。そこで蟹と話し蠍に会った。そう考えると写真を撮りたくなってくる。
「そうだね、この木も撮ろうか」
雨が降っているので上手く写らないだろうが、かえって何の写真だか覚えやすいだろう。傘の角度を変えカメラを向け、
「え?」
地面に倒れこんだ。