星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 054

『大丈夫ですか〜留学なんてさ』
空港行きのバスに乗っている。横には、この春から留学する先輩兼友達。自分は空港までの見送りだ。
面白いものでもないかと周りを見る。バスのテレビくらいしかない。
友達は、今の内に思う存分日本語を聞いておきたいのか、窓の外を見ながら音だけ聞いている。
仕方ないので自分も友達越しに窓の外の風景を眺めた。山道だ。緑色の木々が茂った斜面が延々と続く。
そんな時、他の色が現れた。一瞬だけだったが、淡い色の桜が緑の向こうに、ひっそりと咲いていた。
タイミング良く、ニュースでは今年の桜について、アナウンサーが喋りだす。
そういえば桜の噂を聞いた、と友達がひとりごとのように呟いた。
『え、噂?何ですかそれ、詳しく教えてくださいよ!』
そこで途切れた。夢を見ていた。実際にあった出来事の夢なのに、まるで実感が湧かない。
(目が覚めてよかったー。絶対詳しく聞きたくない)
あれから1ヶ月も経っていないのに、夢で見た自分が今の自分と真反対の事を考えていた。
光が点いていないだけで、相変わらず色とりどり無重力な周囲には、射手が廻し合羽を手で押さえた格好で寝息を立てている。布団を体に巻いて芋虫状態の自分より、随分様になる姿だ。
『乙女と双子先輩と、蠍先輩って人も帰してもらう為に来ました。用件はそれだけです』
昨晩、獅子と水瓶を4名がかりで止めた後、真っ先に口を開いたのは牡牛だった。
『来た?自分から?じゃあ、水瓶は何で牡牛にとって何者?』
『話す場を作るために脅され修羅場に巻き込まれ無茶振りされた桜だよ』
『自分で言うな。…ん?よく考えたら別に間違ってねぇな』
『えっ急に来て刃物を振りかざされても俺、話すどころじゃないよ!?』
自分は射手に同意した。
牡牛はまだ知らなくても無理ないが、悲しかな、攫われた側は攫った桜に機嫌を損ねられるとまずい、誰かの家に行く事もできなくなるかもしれない…とは黙っていたが。
『うんうん、危ねぇ奴にしか見えなかった。この俺が言うのだから間違いねーぞ』
『現に危ない。でも連れて来たなりに責任を取ってくれ。目を逸らすな水瓶お前に言っている』
そして横から見ていてもわかるほど気の毒な事になっている水瓶が、
『全員同じ場所に集めれば良くない?ただ、牡牛に状況を説明して把握してもらう時間を頂戴よ』
結果、明後日に8名を獅子の家に集める事になった。
(魚と蠍に連絡する役は俺と射手になっちゃったけど…はぁ)
水瓶は昔から牡牛を知っていたそうだ。乙女の事も知っていた。そのせいか、脅されたというのに、牡牛に協力的。そして射手、獅子、魚の友達。どっちつかずな面があるにしろ、パイプ役か。
とりあえず、今わかっている事は何だったか。
牡牛は話す場が欲しい、乙女の言を聞くに、牡牛と水瓶はセットにした方が良い、水瓶の言を聞くに、牡牛と乙女は離した方が安全そう、蠍と魚にのろけられたら話すどころではなくなる。
そして何より、自分は修羅場に巻き込まれたくない。
(あ、良い事考えた)
早速射手に話したい案だが、まだ起きているだろうか。
近づき、顔を覗き込むと、口を開けた安らかで幸せそうな面が見える。
こいつは寝顔まで面白いなと吹き出し、頭をぐしゃぐしゃ撫でていると眠気が吹き飛んだ。
撫でられている方は、すやすやと眠っていた。