星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 053

HRから休みなく1限目が始まる。
それからは職員室に戻っては別の教室に行き、場合によっては休み時間すべてを使って移動し…という具合だ。牡羊を探す時間を得たのは、昼食兼昼休みの時間だった。
生徒同士なら連絡も簡単にとれるだろうに。こちらは教師であちらは生徒。そんな簡単にはいかない。
こんな用件で職員室に呼び出すのも可哀想だし、教師生徒関係ない場所に呼び出すのもためらわれる。
素早く自力で探してみるしかない。
あの性格だと、賑やかな場所にいそうだ。自分の教室、食堂、と大急ぎでまわり、ようやく見つけたのは、ただの廊下だった。ぼんやり中庭を見ている。
(開放的な場所ではあるけど…案外静かにしてるな)
廊下に人はいなかった。外を見てみても、芝生が雨に打たれているだけだ。
「牡羊くん」
声をかけた。振り返った時に手元が見える。とっくに食事は済ませていた。
「何?」
「朝、渡す物があるって言ったでしょう?その事で来たんだ」
朝と聞いて、機嫌良さそうに見えなかった顔が、はっきり不機嫌な顔になった。
「あれから落ち着いた?」
「あんまり」
窓枠から手を離すと、自分が来たのと逆方向に歩き出される。苦労してようやく見つけたのに、困る。
「ちょっと、どこ行くの」
「天秤先生がいないとこです」
胸の位置まで上げた手が行き場を失くして固まった。
「……」
一瞬、追いかける事も忘れて、ポカンと牡羊の後姿を見つめてしまう。
憤然とした声と不機嫌な顔は今朝の自分に対する嫌悪感から来たものだろう。担任である自分がいない所に行くだなんて、学校に通う限り無理のある言葉はとっさに出たものだろう。
(でも、何でここで先生呼び?何で敬語?普通、逆の言葉遣いじゃ?)
それに加えて、酷い言い草とはまた別の、落胆したような様子で言葉を失ってしまった。
(…あ。追いかけなきゃ)
我に返った頃には、牡羊は廊下の角を曲がっていた。
追いかけると、真正面にあった階段を急いで上がる。手摺りに手をかけた時、腕時計が見えた。もう次の授業の準備をする時間だった。
(早く渡したいのに)
ポケットに入れていたそれを取り出す。眺めていると溜息が出た。
『天秤先生がいないとこです』
助けて欲しそうな顔で近づくなと言われても。牡羊の悩みを解決できる人間なんていないのに。
そこまで考えて、あえてあの悩みを共有できそうな人間を挙げるなら、それは自分しかいないと気づく。
(今日中に渡そう)
言葉と表情の意味について、考える時間が欲しくない。考えたら何も出来なくなりそうだった。