「さっきから何読んでんだ?」
「教科書」
読む?と乙女が手渡した本を眺める。
傍には連れ込んだ時、持っていた鞄が陣取っていた。邪魔になる大きさではないので許容したら、それ以来ずっと部屋の隅に置かれている。
「どういう事だ…。俺が生きてる時の出来事が数十行で済まされてるぞ」
「何を期待して読んだんだ。お前の歴史が書いてある本じゃない、日本史だ」
「それくらいわかるっての、理屈っぽい奴だな」
「自分から何読んでるか聞いといて偉そうだな」
本の内容は…聞いたことあるようなないような、そんな言葉が並んでいる。
「これ面白いかぁ?」
「面白いとかで読むものじゃない。学生やってる限り、覚えてなければ困る事が書いてある」
言い終わると同時に手を伸ばされた。読む気が失せたので返却すると、相手は読書を再開する。
よく読んでいられるなと不思議になり、顔を覗き込んで、思わず止まった。
黙って伏し目がちな視線を本だけに注いでいる。ゆっくり文字を追いかけていたが、やっぱり面白くはないのか。指で次のページを弄んでいた。目の焦点がぼんやりしたところで本は鞄に戻された。
「おぉ!地味に表情あるじゃねーか!」
「表情ないわけがあるか!当たり前だろうが!」
誰が怒れと言ったのか。
「でも、ぶっちゃけ無愛想だろ?」
「…人には向き不向きがあって、つまり…えー…。…。…あれ、水瓶じゃないか?」
急に声色が変わる。闇の中を見ていた。確かに傘と羽織が見える。
「ん?」
「どうかしたか」
「水瓶の後ろに、もう一人いる」
一瞥しただけだった水瓶に目をやる。傘でよく見えなかったが、確かにもうひとりいる。
「…そうだな」
洋服に肩掛け鞄。人間だ。
「こんばんは、お二人さん。…それなりにやってるって言ったでしょ?水瓶さん嘘つかない」
「うん、ちゃんと生活できてるようで何より。あれ庭園の出入り口にある桜なんだよね?いやー便利な物だねぇこの傘。テレポートした気分」
のんびりとした声色が聞こえた。声の主の顔が見えてくる。乙女達と同い年くらいだ。
「そんじゃ、お邪魔するねー」
「俺もお邪魔しまーす」
2人揃って気後れせず家に上がり込む。
水瓶の背中に包丁が突きつけられているのが見えた。
「俺の友達に刃物突きつけて、ご苦労さん。やめていいぞ」
扇子を開いた。
「おい水瓶、乙女と部屋の隅にでも居ろ」