鬱蒼と生い茂った植物。輪郭が黒く沈み、闇の中に溶け込んでいる。
日照時間は昆虫や鳥、遊びに来る子供で賑やかな林も、夜になればこんなものだ。
ここは民家が立ち並んでいる割に、閑静な路地に面した場所。風が吹くと、草や葉がサラサラ音を立てるのが聞こえる。
ザク、と土を踏みならす音が混じった。
音が近づくほど相手が見えてくる。人間だ。鞄を持っている。足元が草で覆われていた。視線の先にあるのは自分。すぐ知っている相手とわかった。
「ねえ、話があるんだよ」
おっとりとした雰囲気は何年経っても変わらない。
黙った。むこうはじっとこちらを見ていたが、やがてしゃがみこむ。鞄からペットボトルとお菓子を取り出し、飲み食いし始めた。花びらが舞う中でのんびり寛いでいる。
(まさか朝まで居座る気じゃないだろね)
今晩は天気が悪い。気温は低めだし風もある。その内に雨も降り出すだろう。
雨雲が流れ、雷雲が音を立てた。
「夜遅いし天気も悪い。帰りなさいな」
「どこにいるの」
ペットボトルから口を離すと、鞄に仕舞う。立ち上がり一歩後退される。
「どこってここ。さ、帰りなさい」
「人を探してる。多分、桜が関係してる。どこにいるか知らない?」
自分の言葉は無視された。
「一応知ってる。ただ、私の元にはいない。会った事はある」
「帰してくれない?俺の幼馴染と先輩らしいんだよね」
「帰りなさい」
少し口調を強くする。
「3人それぞれに桜がついてる。惚れた人間だ、手荒く扱う奴はいない」
「信じられないね。そいつら、どうしても帰す気はないんだね?」
「私に聞かれても困る。はい終わり。もう話す事はないね?」
「あんま言いたくないけどね。やれる事は限られてそうだし時間もなさそうだし、仕方ないね」
俯かれたので顔が見えない。声も独り言のように小さくなっていた。
「お前、俺を攫って3人のとこに連れて行ってくれない?」
「断る。私は貴方を大事に思っているけど惚れてはいない」
「どうしても?」
「どうしてもだよ」
「あぁ、そう」
のんびりとした声だった。目の前に落ちる花びらに、
「綺麗だね。良い匂い。攫ってくれなくて残念」
「お褒めに与り光栄だね」
鞄に突っ込まれたままの手が動いた。
「綺麗なのにね」
一歩ずつ、一歩ずつ、近づいてくる。顔が上がる。手には。
「ちょっと待てえええええええええ!!」
全身全霊で牡牛の腕に手を伸ばした。何とか勢いは止まったものの、停止してくれてはいない。
少しでも力を抜けば行動に移される。それは遠慮したい。幹に刺さる直前の包丁が光ったのを見て、今すぐ身を引きたくなったがそうもいかない。
「桜は他の木より傷口が塞がりにくいって本で読んだ」
「知ってるならやめてくんない!?」
「やめてほしいなら攫ってくれないかな」
恐喝しだした。同時に攫うという言葉の意味がゲシュタルト崩壊してくる。
「しっかし、うーむ。人の形?てっきり木が喋ってたのかと」
「さっきは木の近くに隠れてただけだよ!?いやどのみち私だけど!」
「そうなんだ。いやそんな事はどうだって良いんだった」
話している間も、包丁を持つ手に込められた力は緩まない。
「とにかく落ち着こう。話せばわかる」
「話す場が欲しいから攫えって言ってるじゃん」
「いやそれはダメだけど刺すのもダメだからね。とにかく落ち着いて」
「落ち着いてるよ。悲しかな、時は一刻を争う中。最も確実に進む方法を考えた結果がコレなんだよね」
「進む?ねぇ今私の生命終わらそうとしなかった?」
「昔から知る桜なら少しは話せるかと思ったんだけど。でも無理と言うなら仕方ない。終わらせずに済むならそうしたいよ?」
「いやいやじゃあやめようよ!?」
「やめてほしいのに攫わないの?仲間を守って犠牲になりますって事?なんて殊勝な遺言だ」
「私を殺したって双子と乙女と蠍は帰ってこないよ!?多分」
「乙女と蠍って本当にいたんだ。いや蠍…先輩は最初から知らないんだっけ」
包丁を握る手の力が緩んだ気がした。
「対応に困る子」
腕から手を離し、地面に放り投げてしまっていた傘を拾い上げる。
「さっきも言ったけどさ、私に帰せと言われても困る。だから話す場だけあげる」
開いた傘に入れた。