「駅まで迷うなよ」
「わかってるって〜俺をいくつだと思ってんの」
「明日はずっと雨降るらしいから、曇ってる内に帰れ」
本当にいくつだと思ってるんだ。
「なあ、この家に住んでてほんとに何もないの」
「泊まっといてよく言うよ。牡羊は何か見たのか」
「見てないけど」
「それなら別に良いだろ。何度言わせるんだ」
良いと言い切れない、こっちはリアルタイムで怪奇現象に見舞われている。山羊に何か起きても不思議ではないと心の底から思う。冗談じゃない。こんな兄でも兄は兄だ。
「桜には、あんまり近づかないでよ」
「その話信じすぎだろ」
どうでもよさそうな表情だ。腹立つ。腹立つけれど何事もなくて良かった。早起きしてここに来た時、普通に眠っている顔を見て安心したものだ。
「いいじゃん。兄ちゃんがこういう話信じてないのにも度が過ぎてんの」
「見た事ないんだから仕方ない」
どうか見た事ないままでいてほしい。
「それに居るかどうかもわからないものより重要なものがあるだろ。お前もその頭を少しは勉強にまわせ」
「勉強は無理」
「即答する事か」
「そういやー誰かに伝言 あ る か い ?伝えてあげてもいいけど?」
「…両親や友達の連絡先くらい知ってるから」
「じゃあ 誰にも 伝える事ないんだね」
「蟹さんにちょっと伝えてくれって昨日言っただろうが忘れるなよ忘れるなよ」
山羊が自分の荷物を渡してくる。窓の外で雷の音が聞こえた。
「絶対雨降るじゃんコレ。もう今日も泊まっていい?」
「明日学校だろ。大丈夫だ雨に負けるような箱入りに育てられてない」
「はいはい、そうですね」
「はい、は一回」
先生のような兄だ。
玄関のドアを開け、見えたのは今すぐ雨が降ってもおかしくない空だった。本気で泊まらせてほしくなる。でも言うと怒られそうだし、牡牛に今日の報告をしなければいけない。
報告といっても「収穫なし」という実に残念な内容。こうなったら桜を殴ってみるしかない気がする。
問題は、攫った桜がどれかわからないところだ。いたずらに木を傷つけてまわったら、警察の人の迷惑になる。
「雨に濡れる前に行けって。風邪ひいても知らないぞ」
「兄ちゃん、風邪ひいて人恋くなったら俺に連絡するんだぞ。他の人に迷惑かけるなよ」
「お前にだけは言われたくねぇわ」