星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 043

攫われた人間を忘れず覚えている者がいる。どうして?親しいほど忘れるのか?という問うと、射手は眼鏡を取り出し装着、
「射手の射手による双子のための説明!」
ふざけたものの、ちゃんと答えはくれた。
「時間が経てば忘れる記憶は放っとかれるのかな。親しい人だけ忘れてるみたい」
「待てって。俺は蠍を顔と名前が一致するほど覚えてたし、牡羊は乙女と蠍を覚えてたよ」
「双子は蠍と親しかったの?仲良しさん?」
仲良しではない。変な奴だなぁと苦笑いした。だからって消えればいいとまで思わなかったが…。
「親しい人と、その人がむこうにいたと存在を証明するものだけ」
「よくそれでやっていけるなぁ」
「俺が直接やってまわるわけじゃないからなんとも…。でも名前だけ覚えてましたとか、そんなの時間と一緒に忘れて、調べようと思っても親しい人や証明するものがなくなって。手の打ち様がないんだろ」
(身を持って実感しましたとも)
「桜も忘れたりするのか?」
「いいや。覚えてる。この時が終わっても覚えてる。単純に考えなさい。人間は覚えたり忘れたりできる側。
桜は覚えてて忘れられない側。誰が故意にそうしてるわけでもない、そういう場所」
「はいストップ。その法則だと、もしここから帰ったら俺はここでの生活を忘れるわけか」
「そうそう」
声と笑顔の明るさが増した。
「この話が12年に1度しか出回らないのは?」
「ただの合図っぽい。この時が始まるとどこかから話が聞こえる。終わるとどんどん聞こえなくなる」
「うん、もっと精密な構造かと思ってた自分がアホらしくなってきた…」
「そうでしょうそうでしょう。だから」
名前を呼ばれ、顔を上げる。射手が目の前まで近寄ってきた。服の裾が動きに合わせて靡く。
これは再度改めて告白されるんだろと思ったのに、違った。
「居るも帰るも自由に選んでね」
「…それはさぁ…」
帰りたいに決まってるだろ、と言いかけて、今帰れたとしてもほぼ手ぶらだと考え直す。
「そうだねぇ。まだ帰らなくていいや」
固まっていた笑顔が少しだけ和らいでいる気がした。静かに肩で息している。少し呼吸が止まっていたらしい。
(本当こいつ、むこうで一緒にいればいいのに)
「それとね、そっちみたいに色んな機械、ないんだよね」
生活ぶりを見ていればわかる。万華鏡やらはすごいのに、機械の発達はさっぱりだ。
「そんで、どしたの?スマホとか見たい?充電切れてていいならいくらでも見せるけど」
しばらく沈黙。
「こっちにそういうのないから、機械苦手なんだ。機械にはどこまで影響出るのかねぇ」
「…後輩がやりとりしたメール思い出した」
安物の機種で良いならあげたいものだ。きっと気に入る。