星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 042

「伝言があります」
食器を片付け一息つく。牡羊は敷物の上に座り、山羊は布団を畳んでいた。
「兄ちゃんによろしく言っといてって頼まれた」
「誰から?」
「蟹さん」
ボトッと枕が落下する。
「どういう話してたらそうなった!?」
「明日、兄ちゃんとこ行ってきますって言ったらそうなった」
「言ったのか!?」
「うん。窓を開ければすぐ寺と墓を見れる珍しい場所に行きましたと」
「何でそれ言ったぁ!?」
作業を放り投げ、人様の頭をガクガク揺すぶってきた。流石に自慢できる事と思っていないらしい。
「選ぶ基準が兄ちゃんらしいってさ。大丈夫、暇なら遊びに行ってくれと言ってみた」
「蟹さんも忙しいんだから迷惑だろうが!そもそも来たいわけあるか!」
「行ってみたいと思ったそうだよ」
いい加減、三半規管が狂い始めた頃。ようやく揺さぶりが止まった。
「ならいいけど…いや、いいのか?」
「俺に聞かれても…」
「よく俺の事覚えてたよなぁ…」
「あ、兄ちゃんが蟹さんの事を覚えてた場合の伝言もあった。『嬉しいです』だって」
「……」
「嬉しいってさ」
「あ、あぁ、そう…」
見える、見えるぞ、背中を向ける兄の周りに花畑が。
せめて卒業前に告白しとけと言いたいが、学生が社会人に告白なんて出来るかという考えらしい。
今ですら相手は結婚していてもおかしくない年齢だろうに何悠長な事考えてんだと思うものの、言っても聞かないのが目に見えているのでこうして黙っている。
それに、言ったら人前ではキリッとしているくせに裏では花畑を作り出す、この光景が拝めなくなるかもしれない。まったく弟でよかった。
「じゃあ…その内にお逢いできたらと伝えてくれ」
急に元の態度に戻られても、花畑を見たこちらは笑いを堪えるしかない。
だが、山羊がカーテンを開けると笑いも消えた。寺の中に咲いている桜が見えたからだ。
凛と真っ直ぐ伸びた桜と、勢いよく枝を広げる桜。内心、うわぁと嫌な汗をかいた。
だが、昨日の牡牛との会話を思い出す。これはチャンスだ。
「そういや兄ちゃん、桜に攫われる話って聞いた事ある?」
「何だ、それ」
案の定知らなかった山羊に噂を話すと「ありえないだろ」呆れた顔をされる。それでも諭すような口調が学校の先生みたいだ。
「変な話が流行ってるんだな」
簡単に一蹴する姿に攫う桜なんてない世界を見れたようで、安心した。