「そのマフラーって蠍のだったんだ」
「うん、寒そうだったから。好きな相手だし自然な事だよ」
双子は冷めきったお茶を飲み干し、息をつく。とりあえず笑ったり、思い出したように相槌を打ったり。
のろけ話を延々聞いていれば、誰でもこういう態度になれる。
「そうなんだよー!初めて逢った時に巻いてくれてね、そのままくれたんだ」
魚がマフラーを触りながら言った途端、空気の糖度が更に増した。
「本当に初めて逢ったのは、俺と乙女が逢った日と同じか?」
「だね。でも獅子の方が逢うの早かったのかな?」
「蠍先輩。…驚いたりしませんでしたか?」
「驚いたけれど騒いだって何も起こらないだろうしねぇ」
ここで獅子と乙女の戦闘力は尽きた。
「無自覚にトドメを刺すって恐ろしいなー」
他人事のようにお茶をすする射手も目が死んでいる。
「…それにしても花が光るなんて面白い照明だよねー」
パーティが全滅する前に、戦闘中断する事にした双子だった。
「私も綺麗だと思った。皆こういう所にいるわけではないんだね」
「俺がいる所って…あれだよ、あれ。上にある色和紙の。ん?あれは移動用だっけ」
「…何あれ。それ以外に感想が出てこないんだ、ごめん」
「真ん中が空洞に見えますが…移動用だから?」
「ううん、全体的に重力ないという悲劇」
双子の訴えに、どのように反応したら良いのかわからなくなる人間2人。
「えー、面白いじゃん」
「いやぁ、でもあれは落ち着かねぇだろ」
「壁がない家の持ち主に言われたくないっての」
「玄関遠いからって壁のけちゃうのも落ち着かないって僕思うよ」
「何だよ元気に意見できやがって」
「元気に言うよ!あれはもう迷路だよ!」
魚に逢ってよかった、と、今までとは違う意味で思う蠍。
「目が慣れるまで暗くて大変そうだけど、この方が趣味に合うのかね。インテリアって大変だ」
「まぁ、照明としての機能は低そうですね」
言いながら、乙女は室内を見回した。暖かい。木の香りがする。そして何より壁がある。
視線を人間と桜達に移し、改めて全員を見た。
「むしろさ〜どうして重力があるの?ないってそんなに変?」
「地球だからだろ。水瓶の家ですら重力があるんだから変なんじゃねぇの?」
「そこ水瓶が基準?いいけど水瓶の家から重力が消えてみなよ、大惨事だ」
「誰の家でも大惨事でしょ。無重力に慣れてるって怖い」
桜達は家について何やら語っている。蠍は黙っているが、魚に同調しながら話を聞いているようだ。
「どうかした?」
双子がこっそりと話しかけてきた。
「魚のマフラーを見てただけです。ここは寒くないのに、よく外さないなと」
「蠍に貰ったからかね。でも言うのやめとけって。のろけ話が再開される、今度こそ全員倒れる」
「貰ったからって…」
「そういう乙女だって、着物貰って着てるじゃんか」
「貸りてるだけです。俺が着物貸りた経緯と魚がマフラー貰った経緯も全然違います」
「あんな糖度の高い経緯はひとつでいいよ…あぁそうだ、情報提供」
声を更に小さくしながら話す。
「桜も人なら誰でも無差別に攫うわけじゃないらしい。惚れた人を攫ってるらしいよ」
「それらしき事なら聞いていましたが…。あぁ、蠍先輩と魚とか良い例だ。射手が双子先輩の行きたがる場所にどんどん連れて行くのも納得できました。弱味でも握られてるのかと思ってた」
「まー、惚れた弱味という言葉もある。こっちは攫われてるんだ、相手の弱味くらい利用しまくれって」
「俺はやめておきます。大体、証拠はありませんが、手違いで攫われただけかもしれないので」
「また面倒そうな話だなぁ」
空の茶碗をいじっていると、急須を持った魚が席を立った。
「お茶どうぞ!」
「どうもー」
「あ」
蠍の目が「やめとけ危ない」と叫んでいた。中身が少なくなり、かなり傾いてきた急須。蓋が取れたのはその直後だった。