星座で801ログ保管庫出張所

桜に攫われる話 037

「それで、色んな桜と人がいたらしいんだ。中には狂ったり、亡くなったりした方もいるんだって。
昔の話で僕が直接見たわけじゃないけど、そう伝えられてる。もしかしたら、実際はもっと酷かったのかも。もう跡形もないから確かめるのも」
「言ってどうするの?」
「どうって…」
魚はさっきから攫い攫われた者の末路を話している。
最初は桜視点で『桜に攫われる話』をしたいのかと思ったが、そうではないようだ。
話すのは全て、悲惨な最期を迎えた者達の事だ。中には上手くやっている者や最悪の結果を回避した者もいるだろうに、その話はしない。
「知っておきたいかもしれないと思って」
言い終わると、マフラーに顔を埋めていた。
蠍はそのマフラーと同じ紺色の着物を着ている。昨日、魚が家中の衣類を引っ張り出して、自分には合わないが蠍には合いそうだと着せてくれた。これはこれで魚に似合いそうだけど、と思いつつ袖を通したところ、合わないというのはサイズの事だったらしい。確かに魚には合わなそうだ。そして蠍にも若干合わなかったので、中途半端にはだけている。
これには魚の方が慌ててしまった。さっき射手が来ていたのだし、事情を話して何か譲ってもらえないか相談すればよかったと。
頭に射手の姿が浮かぶ。服の趣味が悪そうなわけではなかった。しかし、あの突然降ってきた奴か…良い感じだった場面を邪魔してくれた奴か…それならこの着物で良い、魚のだし、と心に決めた瞬間だ。
「そんな暗い話、聞きたくなったら言うね」
「うん、わかった」
可愛い恋人だ。いや人ではないか。
しばらくすると、畳んだ布団にもたれる音がした。
「布団なんて一組捨てちゃおうか。そうしたら少し部屋が広くなるよ」
「売らなくても良いでしょう、良い背もたれなのに」
「でもねぇ、このままだとお客さんが来た時に困りそう」
そうは言っても、1人か2人なら泊まれるのではないだろうか。
周りを見渡し、自分も夜目がきくようになったなぁと感慨深くなる。
ここに来たばかりの頃、薄暗さのおかげで苦労した。特に隅などの明かりが届かない場所には、本当に明かりが届かないので動ける範囲に限りがあったのだ。はっきり見えないものが多すぎて、魚の声しか頼りにできない気すらした。
それが今では普通に生活できる。適応力って素晴らしい。
(ま、そうでなければ元の生活を捨てれまい)
生活自体ならともかく、蛍光灯すら捨てれないのは困る。制服を脱いで着物を着たのは、少しでも元いた場所への未練を断ち切ろうという地味な努力でもあった。
ただ好きな相手ができただけなのに、何故ここまで考えなければいけないのかと思う。
「そうだなー…蠍の言う通りかな?やっぱり背もたれは惜しい!」
片腕を掴まれ、掴んだ桜と一緒に背もたれへと倒れこんだ。うん、やっぱり惜しい。
抱きついたまま笑顔を見せる魚に、偶には気の利いた言葉でも…と考えを巡らせる。ひらりと桜の花びらが落ちてきた。中々悪くない雰囲気だ。ひとつ、ふたつと数えられる速さで舞う。
数えられない数が舞い始めたのはその直後だった。
もう何が起きるのかなんて勘でわかる。
誰か来た。
(…今来なくてもいいじゃないか…)
パン!という音が静寂を切り、花吹雪も止まる。同時に突然、団体が現れた。
制服姿の男が真っ先に目に入る、双子に見えるのは幻覚だろうか。廻し合羽の男はわかる、射手だ。
赤い着物を着た派手な男と、白っぽい着物を着た生真面目そうな男は初めて見る。
全員、布団に寄りかかり密着した蠍と魚を見るなり声を揃えた。
「「「「お、お邪魔します…」」」」