「今年こちらに来た人間と会うのは無理?」
双子の言葉に、射手はあっさり良いと答えた。ただし、その内の1人には怒られた事があるので別の方で良いかと聞く。良いも何も、攫われた人間と情報交換できるなら、この際贅沢は言わない。
(情報交換できるなら、な)
柱にもたれ、ぐったり座り込む相手を前にして、
「…射手、話と違うくない?」
「…昨日の朝、来た時は…元気に獅子と食べ物の事で言い合いしてたんだけど…」
ぽかんと口を開けていた射手が我に返り、指さしたのは獅子という桜だった。決まり悪そうに腕を組んでいる。口論していた所に友達が人を連れて現れたのだ。さぞかし決まり悪いだろう。目線の先には食事が乗ったお膳があった。
「そりゃ、昨日の朝とは違ぇだろうよ。…食わねぇんだから」
「食事なら思いっきりそこにあるように見えるんだけど」
「ここに来てから一度も食わない」
現在、昼過ぎ。
「獅子がこの…乙女って人連れ込んだのって、え?一昨日の夜だっけ?」
「そーだよ、その日は食事どころじゃなくて夕飯食ってるか聞くの忘れてたけどよ。それ以降は全部食事出してんだぞ!でも食わねー」
食事を作り続ける方ももはや意地だと思うが、
「…そろそろ食べなきゃ本気でやばくない?」
ここまで食べない方は理解不能の域だった。
「意地の張り合いしてないで仲介呼びなさいな…」
「次こそ食うかもって思ってたら…なんか…」
「あーっと…その…乙女?聞こえる?」
「…全部聞こえます」
とりあえず話しかけると、だるそうな声が返ってくる。牡羊は乙女を愛想がない奴と言っていたが、この状況では元々愛想が悪いのか腹が減って喋るのにも疲れるのかわからない。
「制服見ればわかると思うけどさ、同じ学校の生徒なんだよね。3年の双子っていう」
「牡羊に桜の話をした先輩、ですか」
「そうそう。乙女の幼馴染とも知り合いだったりする」
「確かに牡牛も双子先輩の事、知ってそうでした」
空腹に耐え切れないだけで、頭はきっちり機能しているようだ。
「乙女!先輩にも心配かけてんだし、いい加減食いやがれ」
「いらない、って言ってるだろう」
「お前一体いつ食う気だ。食わないと死ぬって知らねぇのか」
「……」
「うん…ずっとこんな感じなわけね」
「「……」」
獅子と乙女、揃って決まり悪そうに俯いた。
「…双子先輩は、何か食べたんですか?何ともない?」
「え?何ともないない。何?毒でも入ってると思ってたんだ」
元気そうな双子を前にして、乙女の表情にうっすら迷いの色が浮かんだ。
「安心なさい、獅子は殺すなら宣言した後サシで殺るタイプだから」
「殺らねぇよ」
「万が一、薬盛ろうとしてもうっかり宣言しちゃうような感じと思って間違いない」
「盛らねぇよ」
射手に頭を抱えだした獅子を見ると、乙女は双子に、
「黄泉戸契みたいな事って、起きないですか?」
大真面目に聞いてきた。
「よもつへぐい…」
聞きなれない単語に首を傾げたが、すぐに何の事だか思い出す。同時に、食事をしない理由もわかった。
「あぁ…神話や怪談でよくあるね…その世界のものを食べると元の世界に戻れなくなる話…」
だからって飢え死にしては元も子もない…というのが1食食べなかった双子の感想である。
獅子を見て笑っていた射手が振り返り、
「ないない。あの話、食べた物によって体が作られるって結果により生まれた考えが元だから。忘れてるかもしれないけど、桜って人間と同じ世界にあるでしょ?今見えてるのは、その一部みたいなもん。世界はちゃんと繋がってます」
「…そう、かな」
疑問形。それでも半分放心しながら頷いている。
「…おい」
突然、轟くような声が聞こえた。全員、凄まじい剣幕で歩き出した獅子から身を引く…が、1名、柱にもたれ座っていたので大して身の引きようがない者がいる。
「そうかな、じゃねぇよ。そうなんだよ。どうしろってんだ。そんなに信用ならねぇか。死んだ方がマシってか」
身動きとれない乙女の前でピタリと止まった。
双子が肩を叩かれ振り返ると、見えたのは叩いたその手を即効耳に当てる射手。反射的に耳を塞ぐ。
「心配だろうが馬鹿!!!」
よって、頭に響く怒声をまともに聞いてしまったのは乙女だけだった。
頭の中まで反響する声に余計な意識が飛び、
「…ごめん…」
気づけば、そう呟いていた。
「双子…俺、最近他の家に行くたび帰りたくなる事が起きるんだわ…」
一方、射手が遠い目で小さく呟やき、双子から憐憫の目が返される。
「今、食べて良いか?」
「は?それもう冷めてんぞ」
「これが食べたい。絶対食べる」
「じゃあとっとと食え。とにかく食え」
「いただきます」