「俺は図書室の鍵を返しに来ただけです」
指にひっかけた鍵をチャラと鳴らす。
職員室に鍵を返しに行く途中、牡牛は天秤と会った。どちらも行き先が職員室なので、こうして2人、廊下を歩いている。
いきなり教師と鉢合わせしても慌てず騒がず。そんな振る舞いは天秤にとって好ましい。場を積極的に乱さないからだ。
「何か興味のある本はあった?」
「そうですね…」
鳴らした鍵を握り締めると、
「今日は見つけられませんでした。牡羊と喋る方が忙しかったからかもしれません」
牡羊も図書室に行くのか、と、失礼な事を思う。
「桜の話をしていました」
「桜?」
「調度、今咲いてますから」
少し慌ててしまった。桜という単語に過剰反応している。桜についてくらい、誰だって話す。
「でも話してたのは普通に咲いてる桜じゃなくて噂話です」
「へぇ、噂?」
「12年に1度、人が5人、桜に攫われるって話」
「…誰かそれを見た人がいるとか?」
「いえ。ただの噂話」
慌てず騒がず笑ったまま、ゆっくり喋る。
「牡羊は、そんな事があったら攫われた人を助けるみたいで」
「格好良いね。牡牛くんも助けるの?」
「知ってる人なら助けるかなぁ?牡羊は全員助けて、攫った奴殴りたいって考えですが」
「2人共、良いんじゃないかな」
「天秤先生、どっちを支持しますか?」
…教師としては、
「そうだな。人が全員助かるなら牡羊くんかな」
職員室の扉が見えてきた。
「話してて牡羊と少し意見が違ったので。他の方はどうするか聞きたかったんです」
「誰でも、そんな完全な助け方は出来ないと思うけど」
「えぇ。俺もそんなヒーローみたいな事は無理。その補佐すら怪しい」
「…そんなに?少しは無理かな?」
「少しでいいなら俺もやっちゃいましょうかね〜」
扉を叩く前、振り返った牡牛はやっぱり慌てず騒がずだった。