「さよなら」
自分に言われたと思い立ち止まる。校舎の中にプリント類を抱えた蟹が、自転車を置いた場所へと歩いていた牡羊を窓越しに見ていた。
「はい、さよなら!」
元気よく言うと、優しそうな笑顔が返ってくる。牡牛と同じだ。何も変わっていない。
天秤の言葉が疑わしくなってきた。と、思えるのは、自分も蠍を覚えていないからだろう。
「ねぇ、牡羊くんも桜の話を知ってるの?12年に1度ってやつ」
「へっ?」
間の抜けた声が出る。
「色んな人が、そういう話を知ってるみたいだから。私も少し前に聞いた」
…天秤に頼まれたのは、親戚の話をしない。この一点だ。
「あーあー、その話。今、言われるまで忘れてた」
「そっか。私も聞いたなんて言ったけどね、細かい部分は忘れちゃった」
「俺もギリギリ覚えてるくらいでー」
「私なんか忘れてるのかわかんないくらいだよー」
言った直後に自分で自分の言った事を笑えないと思ったのか、口をつぐんでしまっていた。
「お、俺、授業とかすごく忘れます!」
「の、ノート見れば思い出せるよ!」
「…ノート見ても解読できないんですがそれは」
「…解読できるノートを目指そうか」
そういえば、と蟹が言う。
「山羊くんのとこにお手伝いに行くのは明日かな。頑張ってね」
「頑張りまーす。窓は極力開けるなって頼まないと」
「選ぶ基準が山羊くんらしいけどねぇ。それに前、遊びに行ってあげてと牡羊くんが言った時、私はお寺とか別に良いから行きたいと思った」
蠍から話を聞いたのはそのすぐ後だろうに、本当にそこだけ記憶から抜け落ちている。
「山羊くんに、よろしくね」
「勿論!」
「もし私を忘れてたら事務の人が言ってました、で」
背筋に悪寒が走った。忘れるかどうかなんて、この状況では縁起でもない。
「忘れてないですって絶対」
「えぇ、そう?じゃあ忘れてなかった場合は、嬉しいですって伝えて」
「嬉しい、ですか」
「そうだよ?」
「他には?」
「沢山ありすぎて。会えたら話したいものだよ」
だからまたね、と言われた。