双子も消えてしまった。
更に言うと、牡羊と牡牛以外は誰も双子を覚えていないようだった。
いい加減、牡牛は疑うのをやめた。疑うふりができるならしたいものだが、その場合、代償として己の人間性に問題を植えつける。
放課後、図書室にて話を整理する2人。あまり得意でない分野なのに、と嘆いてもいられない牡羊は何とか記憶を巻き戻している。牡牛もない記憶を呼び戻せないかと頭を抱えている。
「桜の話は『この時期起こる』と、かなりアバウトに言われるけど…これは桜の季節という認識でいいのかな。で、話が出回るのが12年に1度って?時期が終わった後は話せる人がいないのかね?」
行方不明者が出るペースが早い。ゆっくりしている間に全てが終わってしまうかもしれない。
「最終的には残った人の記憶からもこの話自体が消えるって意味?どんだけチートなんだって話だよ」
その相手が未だよくわからない。行動力に恵まれていても行き先がわからないなら動けない。
「ところで…何か思い出したかよ?」
「そっくりそのまま返そうか」
目を見合わせ、苦笑いか溜息しか出てこない2人。さも知っているかのように「乙女」「蠍先輩」と呼んでいるが、便宜上そうしているだけだ。記憶に無い以上、違和感は拭えない。
「目指せ奪還と成敗…。まぁ双子先輩の事覚えてて良かったよな」
「これでどちらかが忘れたとなれば、昨日の問答を繰り返さなきゃいけないからねぇ…」
本を借りる生徒が牡牛のところに来る。貸し出しカードに判が押されるのを見ながら、こういう行動も桜相手にどこまで効果があるのかと牡羊は思った。確かめようがない辺り、頭が痛い。
「それよりさ、双子先輩は卒業生からこの話聞いたんだよね」
牡牛が判子片手に話を変える。
「牡羊のお兄さんも卒業生じゃないの?」
「まーそうだな」
でも、そんなグローバルな知り合いがいそうな兄かいな。いいやいない。
「双子先輩の友達は留学しただけでしょう。グローバルは世界規模って意味だよ」
「英語使えるだけで充分すぎる。俺、海外はファンタジーの世界ですと言われても一瞬信じるよ」
余談だがこの頃、双子は射手に連れられ海外にいた。
「牡羊のお兄さんと双子先輩の友達が知り合いかはさておき。海外もさておき」
ていうか今、海外はどうでもいいよ、と牡牛。
「卒業生が桜の話知ってるのなら、牡羊のお兄さんも何か知らないかなぁと」
「うむうむ、どうせ明日の休みに会うから聞くさ」
双子が言っていた伝染る怪談の可能性は、蟹、天秤、蠍の件でなくなったのだし。
「あの家か。うちの兄は無事生活してるかね」
山羊が住む物件は家賃が安い。狭いし築年数もそこそこ経っているが、不便なほどの狭さではない。それなりに小奇麗。2階。方角は良い。立地はとても良い。なのに驚くほど安い。窓から寺と墓が見えるからだ。
『兄ちゃん、本当にアレで良いのか』
『ん、事故物件じゃないなら良いだろ』
『えっ、事故物件は良くてあれは大丈夫な理由がわからん』
『関係者と揉め事が起きる可能性があるかないかの差』
最終宣告する弟と喋りながら、兄はせっせと荷造りしていた。