藍色に、白で桜が描いてある傘。その下に見えるのは水色の羽織。真っ暗闇を慣れた足取りで進んでいる。
「夜中に何か用か?」
獅子は歓迎しないが追い返す気もない、良くも悪くも親しげな態度をとる。乙女は見覚えの無い顔に無言無表情で警戒しながら、言葉の続きを待つ。
この男、知っている『人』と言った。
「獅子が人間相手にやらかしたって聞いて」
「見物に来たってか」
「うん。それが知ってる人だとは聞いてなかったけど」
「あ…?」
「…俺は知らないが」
「この状態じゃあね。でも貴方の幼馴染といるのを見たから知ってるよ、私は」
脱いだ草履の上に開いた傘を向け、畳む。手品のように草履が消えた。
「数年前、冬にも春にも咲く桜だ〜って、牡牛って幼馴染くんが言った、あの桜だよ」
「…牡牛の家の近所にある桜か。林の中にあった」
「なんだ、お前ら知り合いなのかよ?」
桜は座敷へ上がると、とある少年達の話を始めた。
それは5年程前。
『これこれ、すごくない?冬にも咲いてたんだけど、桜だよね?』
『へぇ。初めて見た。二度咲きの桜なのか』
珍しい桜なんじゃなかったの?と肩を震わす牡牛と、珍しい珍しいから!と慌てる乙女の話。
「乙女…お前、可愛げのない…」
「いや、今でも牡牛はその桜を気に入ってるし…そんなに影響はないはずだ…多分」
「こんな場面で意気地を立てんな」
小規模な喧嘩が発生しかけたが、
「やめて!私の為に争わないで!」
「「お前の為じゃねーよ!」」
本格化する前に阻止された。
「お前じゃない、私には水瓶という名前があるんだよ。話を戻すとだね、そんな会話と私を気に入ってくれた少年のおかげで記憶に残った顔があった。そして今日、友人が人間相手にやらかしたと聞き来てみたら、記憶の5年後バージョンが見えたわけ」
「あーそーか。で、見てどうする気だ?」
「どうもしない」
それがどうかした?と、実に不思議そうに言う。
「見たついでに少し喋ろうかと。恋した人を家に入れた初日から喧嘩ねぇ。これから大丈夫なのかね」
「今、何て」
思わず聞き返す声を、
「水瓶、期待してるもんは見れないから帰れ」
よく通る声が遮った。
「こっちは乙女に現状把握させる時間が欲しいんだよ」